ロンドンの片隅に、荘厳な威容を誇る巨大な時計塔が聳えている。
その内部には、魔術協会があり、幾多の派閥と研鑽の知が蠢いていた。
とある会議室では今、魔術学院の上層に立つ壮年の女性魔術師――イノライ・バリュエレータ・アトロホルムが、七人の魔術師を前に静かに立っていた。
やがて、彼女が最初に口を開く。
「この度は、時間を割いて集まってくれたことに感謝する。 君たちに集まってもらった事は他でもない。」
その声音は穏やかでありながら、どこか人を試すような冷たさを帯びていた。
「日本の冬木市で起きた第五次聖杯戦争による聖杯の破片が都心へ移ってしまい、それが育って特殊な聖杯が出来上がる事態が見込まれた。」
彼女がその言葉を放ったその刹那、会議室の空気が揺れた。
「よって、君たちにはその聖杯戦争に参加して貰う。」
その言葉により、眉を動かす者もいれば、待っていたかの如くいい反応をする者、あるいは無表情を貫く者など、その反応は様々だった。
だが、バリュエレータは意に介さず、さらに続ける。
「…ただし、今回の聖杯戦争は、これまでのそれとは“まったく異なる”。ゆえに、新たなルールを敷く必要がある。」
重みのある言葉と共に、彼女の目が一人一人をなぞる。
「それは──“マスター”の役割を、一般人に担わせると言うことだ。」
場がわずかにざわつく。
「君たち魔術師はその補佐役として、サーヴァントの触媒や簡易的な魔術、戦術の指南などを任される。“担当者”という立場だな。いわばこれは、代理戦争とも言える形式だ。」
一拍置き、彼女は口の端を持ち上げる。
「オレはこの“新制度”が、魔術というものに何をもたらすのか……それを、実験してみたいのさ。」
その言葉に、それまで静観していた一部の魔術師が、明らかに難色を示している。
「くだらない!」
ある男の投げ捨てるような声が、会議室内に響き渡る。
「…ほぉ。 ならば君の意見を聞かせてもらおうか? ロード・エルメロイⅡ世。」
バリュエレータが、長い黒髪の下に覗く眉間に皺の寄った、端正な顔つきの男に発言を許す。
それに対しその男、ロード・エルメロイⅡ世が静かに発言をし始める。
「ロード・バリュエレータ。 貴方が改革を求める方であることは重々承知しております。 しかし、その"新制度"なるものは、魔術師の秘匿性が崩壊され、一般の人間を確実に巻き込み、果てはサーヴァントの私用での利得行為が考えられます。 あまりにも“穴”が多すぎる。これは……暴論に他ならない。」
ロード・エルメロイⅡ世の発言に対し、バリュエレータは面白そうな表情で更に聞き続ける。
「これほど明らかに起こり得るリスクすら顧みないなど、貴方らしくない。一体どういった意図があるというのですか? 私には理解しかねます。」
ロード・エルメロイⅡ世は続けざまに、額に右手を当てながら、バリュエレータへ問いかける。
だが、当のバリュエレータ本人は静かに鼻で笑い、したり顔を見せるのみだった。
「ロード・エルメロイⅡ世… これにはまだ他言のできない、大きな要因があるんだよ。 発言を許した手前だが、君が何を言おうが、"新制度”は既に動き出している。止められはしないよ。」
バリュエレータのその返答に、ロード・エルメロイⅡ世も「なっ…」と、ただ言葉を失う。
この状況に、黒髪の気の強そうな女性とオレンジのブロンドが輝く高貴な女性は訝しく見ることしかできず、銀髪で肌の白いアルビノの華奢な端正な顔立ちの男性もやれやれと言わんばかりの表情で眺めている。
一方、友禅の振袖の女性や顎髭の体格の良い男が静観を保つ中、白金のブロンドの男だけが、ひそかに高揚感を滲ませる。
「今回の聖杯戦争"新制度"の場は、日本の関東地方の都心部中心で行う。 触媒は既に用意済みだ。 後日、渡す機会を設けよう。」
そう言いながら、バリュエレータは軽く身を翻し、最後に一言、会議を締めくくる。
「――以上で、会議を終了する。君たちの健闘を祈るよ。」