家族連れやカップルの談笑が響くファミリーレストランの一角に、場違いにも思える三人──
一竜、凜、そしてセイバーが席を囲んでいた。
路地裏での応急対応の後、せめて人目がありつつも静かな場所をと選んだ結果、この平凡なチェーン店へと辿り着いたのだ。
もちろん、空腹のままでは話も進まないという理由もある。
道中、セイバーには急ぎ近隣の量販店で購入したセーターとジーンズ、スニーカーを着用してもらい、現代風に装いを整えていた。
その凛々しさは変わらぬまま、場違いさだけが薄まっている。
凜はテーブルの上のカルボナーラをフォークで巻きながら、重い話を切り出す。
「まず、"聖杯戦争"っていうのはね。もともとは魔術師たちが、あらゆる願いを叶える"聖杯"を手に入れるために、英霊を召喚して戦う──そんな、魔術の極地とも呼べる儀式だったの。」
一呼吸置き、少し苦い表情を見せてから、凜は続ける。
「だけど、どういうわけか今回から"新制度"なんていう妙な枠組みが始まってね。碌に魔術も知らない一般人をマスターに据えるなんて、正気の沙汰じゃないわ。…で、貴方がその対象。そして、わたしが貴方の担当魔術師。 そこの彼女が、貴方のサーヴァント。クラスはセイバーよ。」
その語り口には、不満を隠しきれない苛立ちが滲んでいた。
やはり、"新制度"反対派であるが故に、それに対することについてはあまり話したくないのだろう。
「はぁ……現実味が無さすぎて、、頭追いつかないんですけど…。」
一竜は、応急処置で頬に貼ったガーゼの下の銃創を押さえながら、苦笑いを浮かべる。
その感触が、生々しく現実を伝えてくるのが逆に信じられない。
「…はぁ。 まぁ、一般人じゃ頭に入らないのも無理もないか。 要するに、貴方は生きるか死ぬかの戦争にいるの。」
対する凜の説明は余りストレートが過ぎ、なんの遠慮も遠回しも見当たらない。
「えぇ!? 生きるか死ぬかって、オレどうなるんですか!?」
一竜はあまりにも突飛な内容に動揺が隠せず、飲もうとしてたドリンクを零しそうになる。
「そこで、セイバーと共に生き残って、戦争に勝ち残るしかないの。そして、これが彼女の真名。絶対に誰にも言っちゃダメよ? バレたら確実に不利になるんだから!」
「あぁ、はい…。」
渡されたメモを受け取り、何気なく目を通した一竜の表情が一変する。
「えっ、この名前って…!」
驚愕に目を見開いたまま、一竜は左隣で焼き魚御膳を淡々と食べ続けるセイバーに視線を向けた。
「(この女性が…。 まさか、こんな時代で…。)」
内心では叫びに近い感情が渦巻いているのに、声に出すことが出来ない。
それほどまでに、歴史上のその名は重く、そして彼にとって思い入れのある存在だった。
「食べないの? 冷めちゃうわよ?」
「…あぁっ、はい! 食べます食べます!」
一竜は、凛の一言で意識が現実へと引き戻され、慌ててハンバーグ定食に手を付ける。
しかし、その手つきにはまだ動揺の残滓が見え隠れしていた。
食事を終え、ファミレスの外に出る頃には、街には夜の気配が濃くなっていた。
「とりあえず、わたしの連絡先。 何か分からないことがあったら、すぐに聞きなさい。」
凜が手渡したのは、自身の電話番号のメモ書きだった。
「えっ? ROPEじゃなくていいんですか?」
現代人らしく、一竜はROPEというメッセージアプリで連絡を取り合うのを想定していたのだが──
「えっ!? そ、そっちより電話のほうが手軽でしょ!? 文字だけなんてまどろっこしいじゃない!」
なにやら凜の目が泳ぎだし、更には声もが少し裏返っていた。
「あの……凜さん? ROPEって、音声通話もできますよ?」
一竜の至極真っ当な指摘に、凜の肩がピクリと揺れる。
「…なっ、なによぉ!? それくらい知ってるわよ! ちょっとお茶らけてみただけでしょ!」
凜が顔を赤くして、ムキになっている。
その姿に、一竜は思わず笑ってしまいそうになるが、ぐっとこらえた。
そう、第五次聖杯戦争から七年の歳月を経ても尚、凜は未だに電子機器全般には弱く、スマートフォンも電話機能だけがようやく使えるレベルだったのだ。
これにより、今後はそれぞれ電話でやり取りをすることに決め、各自解散となった。
「マスター、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。」
セイバーが一竜の方を向き、深いお辞儀をする。
「…あぁ、オレのことは"一竜"でいいよ。 こちらこそよろしくな。」
やはり一竜としてもマスター呼びだと荷が重いのか、名前で呼ばせることとした。
「畏まりました。 では一竜殿、行きましょう」
こうして一竜とセイバーは、一竜が住んでいるアパートの一室へと向かうのだった。
一竜はもともと少し離れた地方の生まれだったのだが、叡光大学へ入学するにあたって、親元を離れて一人暮らしをしているのだ。
その道すがら、一竜は左隣で凛として歩くセイバーに視線を向ける。
「(改めて思っても、まさかあの武将とオレが組んで闘うなんて… 本当に夢を見てるみたいだなぁ。)」
やはりセイバーは、一竜にとって思い入れのある歴史上の人物なのだろう。
未だに信じられない気持ちを心に秘め、そのままセイバーと二人で歩み続けるのだった。