サーヴァントとの邂逅に物語があるのは、なにも一竜とセイバーの二人だけではない。
ここで一度、他の陣営──マスターとサーヴァントの出会いについても、触れておこう。
遡ること四日前。
ルヴィアが手配した宿泊先のとある一室にて、サーヴァント召喚の儀式を試みた恵茉の眼前には、眩い光と共に渦巻く風が、魔法陣のシートの上に満ち溢れていた。
やがてその光が静まった時──一人の男の姿が現れた。
──ダンディな口髭に、鋭い眼光。カウボーイハットを被った、まさに“西部の保安官”。
「(おぉ、なかなかダンディおじさんが来た…!)」
恵茉は内心で小さく叫びながら、その男の立ち姿を見つめた。
「……お前さんがマスターか。 随分と若いが、立ち姿と目つきからして肝が据わってる様だな。」
男はそう言いながら、まっすぐに恵茉を見据えていた。
その眼差しは、人の本質を瞬時に見抜く“射貫くような視線”だった。
「…ご称讃ありがとう、口髭の似合う保安官。 私は恵茉。 美穂川恵茉。 よろしくね。」
恵茉は肩の力を抜いた笑みで、素直にその言葉を受け取った。
「こちらこそな、恵茉。 俺のクラスは"アーチャー"だ。」
ガンマンは、自らのクラス名を"弓兵"と称した。
「まあ。なかなか好相性なペアに見えますわね、ミス・美穂川。 これならば、そこそこのところまでは行けるかもしれませんわ。」
ルヴィアから見ても、この二人の相性は上々に見える様だった。
「それではミス・美穂川、今後の為にも連絡手段を交換しておきましょう。」
ルヴィアのスマートフォンから、ROPEのアカウントが表示されていた。
ルヴィアは凜とは違い、電子機器は人並みに扱える為、電話番号だけで済ます必要がないのだ。
「ありがとうございます。…とりあえず、死なないように気をつけながらやっていきます。」
恵茉は軽く冗談交じりで、すぐさまルヴィアの連絡先を登録した。
やがてその場は解散し、恵茉とアーチャーは二人でホテルを後にする。
「じゃあアーチャー、一旦カフェで今後の話でもしに行こうか。」
恵茉は、聖杯戦争における互いの立ち位置を整理すべく、アーチャーとの話し合いの場を提案した。
「カフェ? ……酒場じゃなくてか?」
彼の時代では、憩いの場と言えばやはり酒場が相場だったのだろう。
ましてや、カフェのようなコーヒーをゆったりと嗜める場所など、彼の知るところではなかったのだ。
「あのね、時代は思っている以上に進んでるんだよ? ちゃんとゆっくり出来る場所もいっぱいあるんだから。 それに、まだこんなに明るいのにお酒も飲まないって。」
恵茉はそう言い、アーチャーと共に近場のカフェへ行くのだった。
案内されたカフェは、静かで落ち着いた雰囲気のお洒落な個人店。
二人は、その一角のテーブル席で、腰を下ろした。
程なくして従業員がお冷を用意し、恵茉がすぐさまその従業員に話しかけた。
「はーい、ブレンドのMサイズを二つお願いします。」
メニューを見もせず、恵茉はさっと注文を済ませた。
それを聞いたアーチャーの表情が微妙に歪んでいた。
「なぁ、恵茉。 コーヒーってのは、あの……苦くて薄くて粉っぽくて、泥水みたいなアレのことか?」
「……泥水って、どんだけ酷いの飲んでたの……?」
これには恵茉も、苦笑いを交えながら少し困り果てて尋ね返した。
「俺たちの時代じゃ、コーヒーなんざ ‘目覚ましの黒い水’ みたいなもんさ。」
彼の生きた時代で飲まれていたコーヒーは、確かに今の時代で嗜むものとは一切似つかない代物だった。
鍋やヤカンで粗挽きのコーヒー豆を直接煮出して作られるもので、粉が沈殿することもあれば、出がらしが使いまわされて、場合によっては非常に薄い場合もあったのだ。
やがて二杯のコーヒーが、二人のもとに配られた。
「…あれ? なんだかいい香りがするし、色も綺麗だぞ?」
その濃厚な見た目や香りに、アーチャーの目が見開かれる。
かつての"泥水"とは似ても似つかない、まるで奇跡の如き飲み物の様に見えたのだろう。
「まず、騙されたと思って飲んでみて。 それから落ち着いて今後のことについて話そうか。」
この時代のコーヒーに興味を示しているアーチャーに対して、恵茉が彼にそのコーヒーを飲むように促した。
そして、アーチャーが例のコーヒーを、恐る恐る一口を口に運び、その直後──
「──なんだこれは!? 香りが深く、味にコクがある! これがコーヒーか!?」
つい先程までの余裕綽々とした態度など、どこへやら。
感動が爆発するあまり目を見開き、まるで舞台役者の如く、コーヒーの感想を声高々に語り出したのだ。
「(めっちゃ感動してる……恥ずかしい……!)」
これには恵茉も、そわそわしながら辺りを見渡すも、もう手遅れだった。
店内の他の客は驚いた表情でアーチャーに注目していた。
カウンターの向こうの経営者の夫婦も彼に注目していたが、自分の店のコーヒーを褒められた為か、微笑ましそうに見守っていた。
「まるで高級な酒みたいだな……いや、下手な酒よりよっぽどいい。この時代のコーヒーは……最高だ……!」
アーチャーによるコーヒーの感想の嵐が止まらない。
「(──でもまぁ、こういうのに感動するの、なんかおもしろいかも)」
そんなアーチャーの嬉々とした姿を見て、恵茉は優しい表情で彼を見届けていた。
「よし恵茉、おかわりするぞ!」
アーチャーは、あまりにもコーヒーが美味しかったのか、もう最初の一杯目を飲み干していた。
まるで長く辛い任務を終えた後の兵士が喉を鳴らして呷る、一杯のジョッキに注がれた酒のように。
「えぇ!? もう飲んじゃったの!?」
アーチャーの勢いのいい飲みっぷりに、恵茉が目を見開いて驚いた。
このままでは、落ち着いて聖杯戦争の立ち位置についての作戦会議も出来そうにない。
恵茉は諦めて、今回はアーチャーのしたいがままにするのだった。
しばらくして、アーチャーもコーヒーを四杯も飲んで満足したところで、二人はカフェを後にした。
その帰り道の最中、アーチャーがふと何かを、穴が開くほどに見ていた。
「…恵茉、あれはなんだ?」
彼が指をさした先には、颯爽と走り抜けるロードバイクのサイクリスト達がいた。
「ん? あれはロードバイク、自転車の一種。」
「ほぉ。 馬の様にも見えたが、大分違いそうだな。」
どうやら、ロードバイクの形状に対して、馬を思い出させる何かを覚えたのだろう。
「まぁ……馬の代わりって言われれば、当たらずも遠くないかも?」
アーチャーのそんな呟きに対して、恵茉が軽く笑いながらもそう返した。
「ほう……馬の代わりか。……なかなか良さそうじゃないか。」
そうして、アーチャーはこの時代のコーヒーに魅了されただけでなく、どうやらロードバイクにも興味が湧いてきた様だ。
それから二日後のこと。
大学から帰宅した恵茉が大きな荷物の横の玄関のドアを開けると、向かった先のリビングでアーチャーがコーヒーを啜っていた。
「よぉ恵茉、帰ったのか。 お前さんも一杯飲まないか?」
アーチャーは、恵茉の自宅にあるコーヒーマシンで、毎日の楽しみとしてコーヒーを注いでは嗜み、今に至るのだった。
「アーチャー、アンタ本当、すっかり現代のコーヒーに染まってるね。」
「あぁ。 やっぱりこの時代のコーヒーはクセになるからなぁ。」
微笑ましく見つめながら話しかける恵茉とアーチャーがそう会話を交わし合いながら、彼は更にもう一杯のコーヒーを注ぎ始めていた。
「アーチャー。 話は変わるんだけど、プレゼントあるから玄関へおいで。」
恵茉が会話を切り出し、その顔には何かを企んでいるかの様な笑顔が浮かんだ。
「ん? プレゼント?」
アーチャーは恵茉に言われるが儘に、飲みかけのコーヒーをテーブルに置き、恵茉の後をついて歩くことにした。
やがて玄関を出ると、その横に置き場所指定で配達された大きな荷物を、アーチャーは不思議そうに見始めた。
「……なんだ、この箱は?」
「ふふふ、これから開けるからね。」
恵茉が例の箱の包みを破ると、そこにはロードバイクの画像が描かれた箱があった!
更にその箱を開けると、中には画像と同じピカピカのロードバイクが姿を現す。
「!?」
アーチャーが思わず目を見開き、まるでマネキン人形の様に動きが止まりだし、じわりじわりと笑顔を覗かせ、口を開き出す。
「…恵茉、これを俺に!?」
「アーチャー、最近ずっと自転車の広告とか画像ばっか見てたでしょ? そろそろ我慢できなくなる頃だろうなって思って。」
そう、アーチャーのロードバイク欲を見るに見かねた恵茉による、粋な計らいだったのだ。
金銭面に関しては、海外の大手新聞会社で従事している両親が時折仕送りをしてくれているので、その点も問題なく出来るのだ。
「恵茉……お前さん、粋なことをしてくれるじゃねぇか!」
アーチャーの表情が、かつてのこの時代のコーヒーを初めて飲んだ時の様に嬉々としている。
「あと、ウェアとか手入れ道具も買っておいたから、整備はちゃんとマニュアル読んで自分でやってね。」
恵茉の手から、整備道具やマニュアル一式をアーチャーへ渡される。
「サンキュー、恵茉! ……よし、まずは練習だ!」
アーチャーが意気揚々とウェアに着替えると、近場の広場へと例の自転車を押して行き、恵茉も彼の後を追って行った。
それから近くの広場でのこと。
ガシャーン!!
「ぐおっ!!」
最初は余裕そうに跨るアーチャーだったが──やはり自転車というものは、最初はバランスの取り方がまだ分かりにくい為、大胆に倒れてしまっていた。
「ちょっ!? まだ要領もわかってもないのにいきなり飛ばそうとするから!!」
アーチャーの派手な転びっぷりに、恵茉が心配の声をかける。
それでもアーチャーは、ロードバイクに跨って笑顔で颯爽と走る未来の自分を思い浮かべながら、なんども諦めずに乗り続ける。
ガシャーン!!
勿論、その度に何度も派手に転びつつ──
「くっ……ロードバイク、なかなか手強い……!」
「(そんな大袈裟な言い方しなくても……)」
ロードバイクをマスターすることは、アーチャーにとっても闘いと等しいと言えるのだろう。
彼は膝に擦り傷を作るも、七転び八起きで練習を続け、その日は繰り返された。
──そして二日後、つまりは一竜とセイバーが契約を交わしたその日。
「よし…! やっとコツを掴んだ!」
これまで派手に転びまわっていたのが嘘かの様に、ロードバイクを軽やかに颯爽と走るアーチャーの姿が、そこにあった!
「おお、いいじゃん! じゃあ、次は街乗りで実戦練習だね。」
恵茉もアーチャーの練習風景をずっと見ていたので、彼がロードバイクを乗りこなせられたことに対して嬉しがっている。
「よし、行くぜ! ……って、なんだこの速さはぁっっ!!??」
恵茉の言葉に対して実践を始めたアーチャーの表情は、全力で漕ぐロードバイクの本当の速さに、驚きと感動が入り混じっていた。
──こうして、アーチャーはロードバイクの魅力にどっぷり魅了されていった。