同じく刻は遡り、一竜とセイバーの邂逅から四日前。

メルヴィンの宿泊する一室にて、亜梨沙によるサーヴァント召喚の儀が静かに進行していた。

魔法陣のシートに満ちる眩い光と魔力の奔流(ほんりゅう)の中心から──

槍を携え、銀がかった灰色の髪を持つ、精悍な顔立ちの若き男が顕現した。

「!? あぁ…!!」

信じ難い光景に、亜梨沙は息を呑んだ。

儀式で何かを“召喚”するなど、漫画やアニメの中の出来事だと、信じて疑わなかったのだから。

顕現した男は、静まり返った魔法陣の上で亜梨沙を一瞥し、低く問いかける。

「…アンタがオレのマスターか?」

その声には静かながらも、確かな威圧が宿っていた。

「ひっ……!!あぁ…あぁ…」

返す言葉も見つからず、亜梨沙は涙目でただ震えるしかなかった。

なお、その隣で控えるメルヴィンは、まるで観客のように面白そうにその様子を眺めているだけだった。

槍の男はしばし亜梨沙を見つめ──

「はっはっは!!!」

そして唐突に、豪快な笑い声を部屋中に響かせた!

「そう緊張すんなって!」

そう言って彼はニカッとした笑顔で白い歯を見せ、亜梨沙の肩をポンポンと軽く叩いた。

「オレのクラスはランサー。 つまり、アンタの騎士ってわけだ! よろしくな!」

自らを槍兵(ランサー)と称したその男の話しぶりは、まるで俗に言う陽キャそのものだった。

「う、うぅ……」

陰キャ人生をひた走ってきた亜梨沙は、その陽の塊のような男の勢いに完全に呑まれていた。

「はっはっは、まーだ緊張してんな! 折角だ、名前はなんて言うんだ?」

「…あ、亜梨沙。 た…小鳥遊亜梨沙。」

ランサーの問い掛けに、亜梨沙はまるで某七つの球を中心とした物語の登場人物さながらに、しどろもどろな喋り方で返答した。

「そうか。 じゃぁ、亜梨沙って呼んでいいか?」

「…うん。」

亜梨沙はまだ陽キャなランサーに慣れていなくて、微かな返答しか出来なかった。

「よし! 改めてよろしくな、亜梨沙! オレには気軽に話しかけても全然構わねぇからな?」

「(む、無理かもしれない……!!)」

亜梨沙は、これまでの人生で俗に言うランサーの様な陽キャという人種を徹底的に避けて生きてきた為、この先の生活に大きな不安を覚えた。

「んじゃ、最後に亜梨沙ちゃんに私の連絡先を渡すよぉ。なにかあったら連絡してねぇ。」

メルヴィンがそう告げ、亜梨沙にROPEの連絡先を交換した。

「…あ、ありがとうございます。」

亜梨沙はメルヴィンから連絡先を受け取り、すぐさま友達申請に許可をした。

「じゃぁ、ランサーと仲良くねぇ。」

メルヴィンがそう言いだすと、亜梨沙とランサーが部屋を後にした。

それから帰り道でのこと。

ランサーは亜梨沙に興味が湧いたのだろうか、彼女の事について尋ね始める。

「亜梨沙、普段はどんな風に暮らしてるんだ?」

「えっ? い、家だとアニメとか漫画見て…外でもアニメショップ行ったり、あとは歯医者さんで事務員の仕事してたり…かな。」

亜梨沙も、今後しばらく生活を共にするランサーに対して、少しずつでも言葉を交わせるようにと、懸命に話を紡ぎ始めた。

「おぉ、好きなもんに囲まれて、ちゃんと仕事もしてる。立派だな!」

ランサーの陽キャなノリの中にも、亜梨沙に対する素直なリスペクトがあった。

「他には何か得意なこととかはあるのか?」

「…ほ、他だと、お料理とかが好きかなぁ…。」

もう一点出た亜梨沙の特技、それは料理だった。

「おっ! それは興味深ぇな! ちょっとオレにも食わせてくれよ、亜梨沙の手料理をさ!」

「…え、いいけど? ところで、嫌いなものとかはある?」

亜梨沙は、ランサーの屈託ない笑顔に押され、そこから少しずつ話を続け出した。

「そうだなぁ。 まず、オレは宗教上牛肉と豚肉は食わねぇ。 同じ理由で酒も飲まねぇ。 それ以外なら大体食えるよ。」

ランサーが告げた内容からすると、彼の宗派はヒンドゥー教、すなわちインドのサーヴァントであることが窺える。

「わかった。 じゃぁ、オムライスでも作るね。」

ランサーの話から、亜梨沙はオムライスを作ることに決めた。

それから二人は亜梨沙の自宅へと着き、間もなくして亜梨沙はキッチンで料理を始め──

しばらくして、ランサー用の大きくてふっくらとしたオムライスが完成された!

もう一つ、亜梨沙の食べやすい大きさのオムライスもあった。

「おぉ! なんだか美味そうだな!」

見た目だけでなく、香りもランサーの食欲をそそり出した。

「ランサー、スプーンの使い方は分かる?」

「あぁ、確かにちょっとわかんねぇな。 どう使うんだ?」

「これはね、オムライスの場合はこうやって…」

食事は右手で手掴みで行っていたランサーにはスプーンの文化がなく、亜梨沙にスプーンについて説明を受けることにした。

「そうか、ありがとうな! じゃぁ、早速食べてみるか!」

「うん。 いただきます。」

亜梨沙が手を合わせると、それを見たランサーもつられて手を合わせた。

やがて、オムライスを一口食べたランサーの表情が、さらに明るさを増す。

「美味い! 亜梨沙、本当に料理上手いなぁ!」

ランサーのその言葉は、一片の飾り気もない真っ直ぐな称賛だった。

「…よかった。 ありがとうね。」

ランサーの素直な賛辞に、亜梨沙の緊張が少しずつ溶け、微かな安堵の表情が浮かんだ。

「亜梨沙の料理もとーっても美味いけど、なんだか祖国の味も恋しくなってきたなぁ。」

ランサーが亜梨沙の料理を美味しく味わいながら、故郷の味に思いを馳せていた。

「そういえば、ランサーのその宗教からすると…もしかして、祖国ってインド? …って、しかも神様!?」

亜梨沙は、先程メルヴィンに手渡された真名の記されたメモを改めて確認し、スマートフォンで彼のことを調べた結果、インドのとある神であることが判明した。

「あぁ、オレの素性は兎も角、確かにインド出身だよ。」

ランサーは、自分が神ということには特に大きく触れず、祖国について返事をした。

「そうなんだぁ。 …じゃぁ、今度の(あたし)の休みの日に、インド料理屋さん行ってみない? 日本向けの味付けにはされてると思うけど。」

「マジか!? 楽しみだな!」

ランサーは、亜梨沙が提案したことに期待を膨らませ、残りの亜梨沙の手料理のオムライスを掻き込むように食べ続けた。

それから四日後の今。

その日の亜梨沙の仕事はシフトがなく、ランニングコースのある大きい公園のベンチで座って、ライトノベルを読んでいた。

その眼前には、スポーツウェア姿のランサーが、活き活きとランニングコースを駆け抜けている。

彼はもともと走るのには自信があり、その特技をさらに伸ばすために、この日までの間に亜梨沙が買ってくれたトレーニングウェアを着ては、毎日ランニングに明け暮れていた。

そして、ランサーが日課のランニングを終え、元気いっぱいに亜梨沙の元へ歩み寄る。

「亜梨沙、終わったぞ! 今日もいっぱい走ったなぁ!」

「ランサー、お疲れ様。 楽しめたならよかったね。」

亜梨沙も、まだまだたどたどしいながらも、流石に四日も共にすれば少しばかり慣れてきた様に見られる。

そうしてランサーは、タオルやペーパーシートで額や体の汗を拭き、バッグの中の替えのキレイなトレーニングウェアに着替え──

「亜梨沙、行こうぜ! オレの祖国の味の店とやらに!」

ランサーはランニングが終わると同時に、約束のインド料理屋へ行くことを急き立てるのだった。

「あ、うん。(このテンションの高さにまだあんまり慣れないけどなぁ……)」

やはり、亜梨沙もランサーの押しの強さにはまだ慣れないものがある様だ。

それから二人は、例のインド料理屋の店へと向かい、その最中でも多少なりとも会話が紡がれる。

「ランサーも、日本で作るお店のカレーを気に入ってくれるといいなぁ。」

「え、カレー? この時代のオレの祖国は主食はないのか?」

「え?」

この時点で話が食い違っているのには、とある理由がある。

よく言われている"カレー"の語源は、"கறி:カリ"と言うものであり、おかずの総称のことである、

「オレの祖国だと、食事は基本”煮込み”に主食を合わせるんだぞ?」

「(煮込み……?)」

何も知らない亜梨沙が違和感を覚えつつも、そのまま話を流す。

そうして、二人はインド料理屋に到着。

そのまま店内へ入り、インド人の店員の案内によって、指定の席で腰を下ろす。

「おぉ! これがこの時代の祖国の料理屋か! “煮込み”も種類が豊富だな!」

ランサーがテーブルの上のメニューを手に取り、"カレー"の項目を見て、感動に打ち震えていた。

対する亜梨沙は、ここに来るまでの違和感に気付き、彼が言う"煮込み"の真意を理解すると同時に、この時代のこの国での"カレー"について説明を始める。

「ランサー、それがカレーだよ?」

「えっ? はっはっは! おいおい”煮込み”じゃないのか?」

やはりランサーとしても、それは紛れもない"煮込み"なのだろう。

例えメニューには"カレー"表記がずらりと並べられていようとも、ランサーは頑なに"煮込み"と譲らなかった。

「……まぁ、いいか。」

これには亜梨沙も流石に、ランサーの思う通りにしようとし出す。

そうしているうちに、二つのバターチキンナンセットが、二人のテーブルへ置かれる。

「おぉ、なんだかオレの知ってる煮込みより色が綺麗だな! それに、この主食… チャパティよりもデカいし分厚いぞ?」

ランサーにとって、色鮮やかな"煮込み"も、見慣れないナンも、全てが新鮮な驚きだったのだろう。

そもそも、ナンはペルシャ起源であり、インドで主に食べられているのは、彼の言うチャパティである。

「ランサーにとっても初めてがいっぱいなんだね。 さ、冷めない内に食べよ?」

亜梨沙の声と共に、二人で手を揃えて、そしていざ実食!

ランサー、まずは右手で器用にナンを千切り、カレーにつけて一口……

──ピタッ。

ランサーの動きが止まり、目が大きくかっ開かれる。

「……美味い!!!」

ランサーの第一声は、一点の曇りもない、純粋な美味の歓声だった。

そのランサーを見た亜梨沙も、安堵の表情を浮かべている。

「祖国のとは確かに少し違うけど、“煮込み”にコクがあって味がしっかりしてる! しかもこの"ナーン"とか言う主食、現代人はこんな贅沢なので食ってるのか! チャパティと大違いだな!」

ランサーは食文化のギャップにも動じず、現代の味に感動しきりだった。

なお、ここでしっかり補足しておくが、彼の発する"ナーン"は誤植ではなく、実際のヒンディー語発音に近い言い方として、"ナーン"と言っているのである。

「ふふ、喜んでもらえてよかった。」

亜梨沙は、ランサーがインドカレーを美味しそうに食べている姿を見て、思わず笑みを浮かべる。

「亜梨沙、もう一枚頼んでいいか!?」

気が付けば、ランサーはインドカレーのあまりの美味しさに、先程までにあった自分の顔と同じ大きさのナンがすぐに消える程に食が進んでいる。

「え、うん。いっぱい食べてね。」

亜梨沙がランサーのその食欲に驚きながらも、ランサーの希望通りにナンを自由におかわりさせる。

なにせこの日は平日、この店の平日のランチタイムはナンのおかわりが自由なのだ。

──こうして、ランサーは亜梨沙の手料理だけでなく、現代のインド料理の美味しさをも知り、日課のランニングやスプリントで汗を流すなど、存分に現世を満喫していくのだった。