魔術師たちの出国から数日が経ち──
ここは、都市内でも名のある大学、叡光大学。
その大学の構内で、数人の友人を囲んで会話をしている1人の女性がいた。
彼女の名は美穂川恵茉。
大学では新聞学科所属で、持ち前のリーダーシップと文武両道ぶりから、学徒や教授陣からも厚い信頼を寄せられている。
普段はジャージ風の上着にハーフパンツというカジュアルな服装ながら、クォーター特有の整った顔立ちが映え、周囲からは「天は彼女に二物どころか三物以上を与えた」と評される程である。
──そんな恵茉が、この日の講義を終え、友人たちと別れ正門を出たその時だった。
目の前に、一台の異様に長いリムジンが近づいてくる。
「うわっ!? なんで大学前にリムジン!? こんな長いの、現実で初めて見たんだけど…」
驚く恵茉の前で、リムジンは静かに停止し、彼女のすぐ横でドアが開かれる。
「えぇっ!? なんでリムジンが私の前で止まるの!? …身に覚え、ないんだけど!?」
困惑する彼女の目の前に、巻き髪を靡かせながら一人の女性が現れた。
──それは、時計塔の魔術師、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトである。
続いて屈強なボディーガードが二名、彼女の背後から降り立ち、左右に控える。。
「貴女がミス・美穂川ですわね? 初めまして、私、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと申します。 魔術師ですわ。」
優雅に髪を整えながら、ルヴィアは淀みない所作で自己紹介をする。
「え、えぇっ!? どうして私のことを!? それに、魔術師が……私に何の用ですか!?」
あまりの非現実さに、恵茉の思考は追いついていない。
魔術師の噂は都市伝説として耳にすることはあっても、現実に自分が接することなど皆無だったのだから、無理もない。
「単刀直入に申し上げましょう。 貴女は、この度──その聖杯戦争の"新制度"と言うくだらないものおける、マスターとして選出されましたの。」
ルヴィアの口から、まるで冗談のように"聖杯戦争"の名が告げられる。
「えっ、聖杯戦争!? 講義で聞いたことはあったけど…まさか、こんな形で…!」
恵茉の頭に、大学の新聞学科で学んだある内容が過ぎる。
──『1994年に起きた冬木大災害、2004年に発生した同様の謎の事件。いずれも魔術師による"聖杯戦争"が原因である可能性が示唆されている。ただし、それは飽くまで推測の域を出ない。』──
この様に、確定的な答えではなく、考察の一環として教わっていたのだ。
「立ち話も何ですし、場所を変えましょう。さぁ、お乗りなさって?」
ルヴィアが、扉の前で恵茉に手を差し伸べる。
「えっ…。 は、はぁ…。」
恵茉の胸中には、不安と疑念が渦巻く。
それでも、スマートフォンを手放さず、もしもの備えだけは怠らずにリムジンへと乗り込むのだった。
リムジンはそのまま、ルヴィアが宿泊する超高級ホテルへと到着し、彼女の予約したスイートルームへと一行を誘う。
広々とした空間に広がる、優雅な調度品と香り高い紅茶。
高級茶菓子がテーブルに並べられ、空間全体に非日常の空気が満ちていた。
「ところで、ルヴィアさん。聖杯戦争って、本来は魔術師同士が殺し合う儀式なんですよね? ……そもそも、なんで私なんですか?」
恵茉は紅茶を手にしながら、疑問の一端を投げかける。
「ええ、ご名答ですわ。……本来はそうあるべきですが、今回は魔術協会の思惑により"新制度"と称し、一般人を巻き込むという、実に馬鹿げた内容なのですわ。」
ルヴィアはそう言いながら、紅茶を高い位置から優雅に注ぎつつ続ける。
「それに、選ばれしマスターは魔術協会がランダムに決定したものですから、貴女が選ばれた理由を私に問われても、答えようがありませんのよ。」
ルヴィアの他人事の様な返答に対し、恵茉も渋い顔をし出す。
そしてルヴィアは淹れたての紅茶を口に含みつつ、後ろにいるボディーガードからある一式を受け取る。
「さぁ、まずこのシートにサーヴァントの触媒を置きますわよ。そちらにこのナイフで指を少し切って血を垂らしたら、この魔導書のページをお読みなさって。」
例のシートには魔法陣が書かれており、その上に水銀、溶解された宝石、そして触媒であろうリボルバーのシリンダーがルヴィアによってそっと置かれる。
「えぇ…。 これって、断ったらどうなるんですか?」
ルヴィアがどんどんと話を進めていくことに、恵茉が戸惑いつつ問いかける。
「その場合は、サーヴァントがいないので、他の陣営に殺されてしまうでしょう。」
ルヴィアが茶菓子を手に取り、それを割りつつ応える。
「…もう逃げ場がないんですね? わかりました、やります。」
これには恵茉も諦めて、断腸の思いで聖杯戦争に参戦することを決める。
「承知しましたわ。 最後にこちらのサーヴァントの真名のメモをお見せしましょう。 他の陣営に知られたら不利となりますので、他言は慎みなさってね。」
そうして恵茉は、ルヴィアが手渡したサーヴァントの真名のメモを渡される。
「(…あぁ、この人物なんだか聞いた事あるかも。)」
差し出されたサーヴァントの真名は特に思い入れのある人物ではないものの、漫画やアニメでたまに聞いたことのある名前だった。
それから恵茉は、ルヴィアが差し出したナイフを使い、少し渋い顔をしながらも指の先を切りつけ、血を魔法陣に垂らした。
それでも淡々と続け、魔導書の召喚のページを読みあげる。
素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
これより、主たる座を拝借する。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。
────告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!
魔法陣が輝き、風が渦巻く。
その中には人影が映され、召喚が成功する──