都内のとあるゲームショップ。
人の喧騒が飛び交う中、ロード・エルメロイⅡ世とグレイは、無造作に並ぶゲーム機器の棚を眺めていた。
「師匠、ご担当されるマスターの方を探さないとなのでは?」
フードを深くかぶったまま、グレイが冷静な声でロード・エルメロイⅡ世に問いかける。
「グレイ、それは百も承知だ。だが、折角の来日だ。暇潰しにゲームを買うくらいの自由は、許されて然るべきだろう?」
かつて第四次聖杯戦争で訪れたこの地に、彼は少なからぬ因縁を抱いていた。
それでも、当時のサーヴァントが日本のゲームに強く影響を受けていたこともあり、今ではそれが彼にとって数少ない"趣味"となっていた。
彼が目当てのゲーム機が記された商品カードの棚へ向かうと、そこには一人の小柄な男がいた。
男はカードとスマートフォンの画面を見比べながら、何やら逡巡しているようだ。
「(このゲーム機欲しいケド、今回の案件の報酬がまだ先だしなぁ…。)」
彼が覗き込んでいたのは、銀行口座の残高アプリだった。
その様子に、ロード・エルメロイⅡ世は軽く額に手をやり、疲れた声で呟いた。
「…まさか、こんな場所で出会うとはな。しかも、よりによってこの呑気そうな男が…。」
そう—この男こそ、彼が担当することとなった"マスター"である。
男の名は、纐纈士。
魔術師協会が掴んでいる情報によれば、鳴かず飛ばずのフリーのクリエイターらしい。
年齢は三十五歳だが、その風貌は二十代半ばにも見え、それなりに鍛えられてはいる様だが、小柄でどこか頼りなさそうな雰囲気を纏っていた。
「師匠。見つかった今が、声をかけるべき時かと」
グレイの言葉に促され、エルメロイⅡ世はうなずき、纐纈の元へと歩を進める。
「そこの男性。」
ロード・エルメロイⅡ世が静かにそう声を掛けると同時に、纐纈が見ているゲーム機の商品カードを取りながら語り続ける。
「このゲーム、君の分も私が買おう。 ただし一つ、私の話を聞いてもらいたい。」
突然の申し出に、纐纈は鳩が豆鉄砲を食らったかの様に目を丸くし、ロード・エルメロイⅡ世のことをキョトンと見上げる。
そしてずりずりと後ずさりしながら、ロード・エルメロイⅡ世から離れだす。
「なぜ下がる!?」
纐纈のまるで漫画の様な後ずさり方に、ロード・エルメロイⅡ世も思わず驚いた様に突っ込む。
「えぇ? だってぇ、小さい頃から“知らない人にお菓子あげるから着着いて来てって言われても着いて行かないように”って言われて育ちましたし… 大人になっても同じことが言えますし… そもそもお兄さんも見るからに怪しいですし… むしろ“おかし”な人では…?」
纐纈が、ロード・エルメロイⅡ世を怪しみながらもそう言い放つのも無理もない。
どう考えても、そんな美味しい話に着いて行く大人などいないのだから。
「なっ…!」
ロード・エルメロイⅡ世も纐纈の苦笑いからの皮肉に、図星を突かれたかの様に目を見開いてまた驚くしながら言葉を失う。
「ふふっ。師匠、拙はこの方は、悪い人には見えませんよ?」
グレイはその様子にくすりと笑みを漏らしつつ、纐纈に悪意の気配がないことを見抜いていた。
「…ああ。多少ユニークではあるがな。 まったく、ライネスにメルヴィン、そして今度はこの聖杯戦争“新制度”ときて……ついには彼ときて、ますます胃まで痛む始末だ…。」
エルメロイⅡ世はため息混じりに額を押さえると、気を取り直して名刺を取り出す。
「私はロード・エルメロイⅡ世。 ロンドンは時計塔で君主として教鞭を振るっている魔術師だ。 ミスター・纐纈、君のことは聞いている。」
その名刺は、日本人向けに日本語で書かれていた。
「えっ、魔術師? 噂でしか聞いた事がないんですケド、本当にいたんですねぇ。 それより、魔術師の…エルメロイ先生?が僕に御用ってなんでしょう?」
名刺を受け取った纐纈も、まだ状況が掴められていないながらも続けて話を聞き出す。
「それについては、場所を移してから話そう。君が買おうとしていたゲームは、私が奢らせてもらう。何せ、君の命にも関わる話だからな。」
ロード・エルメロイⅡ世が先ほどのゲームの商品札を出すついでに、自分用の商品札も取り出しながら再び纐纈に説得する。
「??? 命に関わる…です?」
纐纈は、まだ話がよく解っておらず、頭の上には目に見えるほどの疑問符が飛び交っていた。
2台のゲーム機の購入が完了し、ロード・エルメロイⅡ世一行と纐纈はホテルの一室へと着く。
ロード・エルメロイⅡ世とグレイが手配している、宿泊先の部屋だ。
「聖杯戦争!? 殺し合い!? なんだか話がぶっ飛びすぎてませんんん!?」
平和な世の中を生きていればそんな言葉など聞くこともないので、纐纈はついに混乱の極みに達していた。
「馬鹿馬鹿しい話かもしれんが、事実なんだ。 ミスター纐纈、君は魔術師協会によって出鱈目にマスターに選ばれてしまった。 理不尽だとは思うが、受け入れてもらいたい。」
ロード・エルメロイⅡ世も、流石に罪悪感を覚えながらも纐纈に語り掛ける。
「そうですかぁ…。 でも、もし断ったら、僕ってどうなっちゃうんでしょう?」
纐纈にとっては選択次第でどうなるかが気になるので、手元のペットボトルの水を飲みながら確認の為にも問いかける。
「その場合、君を守るサーヴァントがいないまま戦場に放り出される。……他の陣営に狙われ、命を落とすだろうな。」
ロード・エルメロイⅡ世の目が真剣になり、纐纈の質問に返答する。
聖杯戦争の経験者だからこそ言えるので、言葉の重みがとても違う。
「!? ゲホッゲホッ!! ぶっ飛んでる上に物騒すぎません!?!?」
纐纈は"命に関わる話"という意味が理解できて、目を見開きながら飲んでいた水を器官に詰まらせて咽てしまう。
「そうならない為に私が担当をするということだ。 君を守る存在であるサーヴァントを召喚しよう。 レディ、一式を用意してくれたまえ。」
ロード・エルメロイⅡ世がグレイにそう言いだすと、グレイが鞄の中から魔導書、英霊を召喚する為の触媒である布切れ、魔法陣の展開シート、ナイフを取り出して揃える。
「これがサーヴァントを召喚する為の一式だ。魔法陣のシートの上に触媒や水銀や溶解した宝石は私が設置しよう。君がすべきは、このナイフで自身の指先を少しだけ切り、血を触媒に垂らし、魔力を共有することだ。」
ロード・エルメロイⅡ世が、召喚の儀式の説明を静かに行う。
「血ぃ!? 益々物騒ですねぇ!?」
纐纈には自ら体の一部を切りつける習慣がないので、嫌な顔をしてそう言い放つ。
そもそも心身ともに健康な人生を歩んでいれば、そんな習慣もそうそうは起こらないものだ。
「サーヴァントの召喚には必要な手順だ、我慢してくれ。 あとは、これがサーヴァントの真名だ。 他の陣営に知られては本当に命に関わるので、くれぐれも口外はしないように。」
ロード・エルメロイⅡ世の手から、今回の儀式で召喚されるサーヴァントの真名が書かれているメモ書きを纐纈の手に渡される。
「えっ!?」
その真名を視認した瞬間、纐纈の目が大きくなる。
この驚き様は、どうやら悪い反応ではない様だ。
「…エルメロイ先生… これマジですか!?」
纐纈のテンションが急に上がりだし、ロード・エルメロイII世に問いかける。
これに対し、ロード・エルメロイII世もグレイも体が反れる程に驚く。
「…マジもマジだ。 それが君のサーヴァントだ。」
これにはロード・エルメロイⅡ世も圧倒されながらも、纐纈の問い掛けに応える。
「……だったら話は早いっ! やっちゃいまーーーす!!!」
興奮気味に叫ぶや否や、纐纈は何の躊躇もなく指を切り、血を魔法陣へと垂らした。
その顔には、明らかな悦びの表情が浮かんでいる。
恐らくそのサーヴァントは、彼がずっと尊敬していた人物なのだろう。
そして纐纈が、魔導書に書いてある召喚の呪文を読み上げる。
素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
これより、主たる座を拝借する。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。
────告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!
呪文を詠唱する纐纈の声が響く。
その表情には、どこか子供のような、そして厨二的な陶酔が滲んでいた。
──魔法陣が、眩い光を放つ!!