とある昼下がり──
芝原にある大型ゲームセンターの一角のフロアを使い、レトロ格闘ゲームの大会が催されていた。
かつての第五次聖杯戦争の六年前に稼働を開始したその作品は、三体のキャラクターを切り替えながら戦う、所謂硬派な対戦型。
参加者の多くは往年のプレイヤーで、年季の入った手付きと、無駄のない操作が目立つ。
そんな中──一際異彩を放つ存在が一人いた。
パンダの頭部マスクで顔を覆い、白いシャツに黒の薄手パーカー、ホットパンツにニーソックス。
黒ずくめでありながらもどこか軽やかで、それでいて“場違い”な程整ったシルエットだった。
「さぁ、いよいよ決勝戦です! レトロゲームの王者・まだら選手! 対するは謎の覆面プレイヤー──ションマオ選手!!」
実況の声が熱を帯び、ギャラリーの歓声がゲームセンター内に響き渡る。
そのションマオを、群衆の端からメロンソーダを片手に眺めているのは纐纈だった。
結論から言えば──そのパンダの中身は、キャスターである。
視界が制限されていようと関係なく、彼女にとっては画面上の情報こそが“全て”だった。
入力、反応、読み──その全てが無駄なく噛み合い、キャラクターはまるで意志を持つかの様に動く。
否──プレイヤーとキャラクターの境界が、最初から存在していないかの様だった。
そして──
「──決着!! 勝者、ションマオ選手!!」
レトロの王者を打ち破った謎の覆面の圧倒的な技術に、会場は爆発や悲鳴に似た興奮で満ちていた。
だが、当の本人は一言も発さず、ただゆっくりと勇者の石像の様に右拳を掲げる。
歓声の中心にいながら、そこだけが異様なほど静かだった。
纐纈だけが、誰よりも大きく手を叩く。
それから程なくして──
二人は近場の個室カフェへと移動していた。
パンダマスクは折り畳まれ、キャスターのバッグの中に、その隣に賞金一万円の封筒が収まっている。
テーブルの上には、色とりどりのスイーツがテーマパークの様に並んでいた。
「キャスター、今回も見事だったね。 参加者さん達、ほぼ全員処理されてた感じだったよ!」
「ふふふ……研究の成果さ。」
纐纈が笑うと、キその様子を見たャスターは軽く肩を竦めた。
「ただ、やはりいつもの名義で出られないのは、少々物足りないね。」
その言葉の裏には、明確な理由がある。
──PyroMindの名は、既にサーヴァント達の間にも知れ渡っている。
今この局面でそれを公にすれば、“狙ってください”と宣言するのと同義。
だからこそ彼女は、外に限り覆面と別名義を選んだ。
正体を隠しながらそれでも頂点を取ることが、彼女にとっては自然な選択だった。
「まぁ、確かにね。 どうせあとどれくらい一緒にいられるか分かんないし、俺だってもうちょっとキャスターとくだらない話とかして過ごしたいし。」
「ふふふ、合理的だね。」
キャスターが微笑みながら、フォークに手を添える。
「こちらも配信は無期限休止告知済み、スポンサー契約も今月で整理済み。 盤面に余計な要素はもう残していないさ。」
淡々とした言い方だったが、それは“退路を断つ”に等しい準備だった。
「まぁ──それはそれとして、今は祝勝さ。 糖分を補給しながら、次の話をしよう。」
「賛成!」
軽く笑い、纐纈も頷いた。
ちょうどその時、店員が追加の皿を並べ、まるで用意された舞台の様にテーブルが埋まっていく。
「さて……。」
キャスターがフォークを置き、指先でテーブルを軽く叩く。
「戦場は都内に収束する。 この仮説はほぼ確定でいいだろう。」
「うん、俺も同感! 桃園区、宝仙区、桔梗区、玉川区、花園区、石神区、中山区、要区……この辺り、全部“匂い”があるね!」
「感覚だけではなく、傾向だね。 これまでの交戦記録から見ても、活動域は西側に偏っている。」
群馬でのバーサーカー戦だけを除けば、全て都内西側で戦闘や模擬戦が行われていた。
それに続いて、キャスターの作戦が淡々と並べられる。
「現在、桃園区と宝仙区は完全マッピング済み。 花園区も一部は押さえている。 次は残りの花園区、そして石神区。 そこさえ埋めれば、行動範囲はほぼ掌握できる」
「いいね、それ! 中山区は地元だから大体分かるし、任せてよ!」
「ふふふ、助かるよ。」
短く返しつつも、キャスターが一瞬だけ視線を細めた。
「それと……この後、芝原周辺も直接歩こうか。」
「お、現地マッピング?」
「そうさ。 リスクは上がるが、その分“遭遇率”も上がる。」
僅かに笑いながら出たその言葉の意味は明確だった。
「……そっか。 つまり、準備しながら“当たり”を引きにいくってことだね!」
「その通り。」
キャスターはそれが当然の戦略であるかの様にあっさりと肯定した。
だが、テーブルの上では──ケーキやパフェやプリンなどの甘い香りが広がっている。
その光景はどこまでも平和で、どこまでも日常的だった。
「まぁ、まずは食べよっか。」
「うん、そうだね!」
フォークが動き、笑い声が混じる。
まるで宝探しの計画でも立てているかの様に、二人の会話は弾んでいく。
──その裏で“次に狩る相手”を探しながら。
同じ頃──
芝原の一角にある飲食店の喧騒と香ばしい匂いが満ちるその空間の奥、半個室の卓にて。
ライダーと轡水は、向かい合って座していた。
店は、食べ放題形式のハワイアンバル。
訪れた理由は単純──ライダーの希望によるものだった。
だが、メニューを一通り眺め終えた彼は、僅かに眉を寄せる。
「……ふむ。 どれも興味深い料理ではあるが──ポイも、ポケも見当たらぬのは些か惜しいな。」
「……ポイはよく知らないが、ポケは今で言う“ポキ”のことだな?」
轡水は視線も上げずに返す。
「ここは肉バルだ。 芋や魚を期待する場所じゃない。 時代に合わせろ。」
ハワイ料理といってもその実態は多様であり、観光化された“近代ハワイ料理”を主とし、タロ芋を用いた伝統食が並ぶことは寧ろ稀である。
その事実を察するや否や、ライダーは納得した様に頷いた。
「……なるほど、そうだな。 異なる時代の味を知るのも、また一興。 いずれロコモコなるものも試してみたいものだ。」
「好きにしろ。 一番高いコースを頼んでいるから、文句は聞かないぞ。」
その言葉に、ライダーは僅かに笑みを浮かべた。
やがて、店員が料理を運んでくる。
「お待たせしました。 ベーコン入りシーザーサラダ、新鮮カルパッチョ、エビとアボカドのブルスケッタでございます。」
多様の料理が盛り付けられた皿が並べられ、卓一面に香りが立ち上る。
ライダーは一礼するように頷き、一方の轡水は店員が去るのを待つだけだった。
「……食べるぞ。」
「うむ。 では──いただこう。」
喧騒の只中にありながら、その卓だけは不思議と静かだった。
ライダーがシーザーサラダを一口運び、ゆっくりと咀嚼する。
「……ほう。これが現代の味か」
目を細めながら、低く感嘆が漏れる。
「野菜そのものではなく、この“かけられたもの”が味を支配している……興味深い。」
「シーザードレッシングだ。 ミルクベース。 メキシコ発祥。」
轡水にとって食事は、原材料の情報、栄養摂取の工程に過ぎない。
対してライダーは、一皿ごとに文化を咀嚼していた。
やがてオードブルを食べ終えた頃、轡水が、不意に口を開いた。
「……一つ聞く。」
その声音は試す様に冷たく、刃物の様に鋭い。
「お前の国は、アメリカに吸収された。 守った筈の土地を失って、どう感じている?」
「──形が変わっただけだ。」
だがライダーは揺れず、静かに、しかし確信をもって答える。
「我が民がその地を愛し、誇りを持ち続ける限り、それは敗北ではない。 ……寧ろ、異なる文化が混ざり合うことで、新たな強さを得る世界。 私はそれを好ましく思う。」
その言葉には、征服者としての経験と、王としての器が滲んでいた。
「……ふんっ、そうか。」
轡水鼻で遇らうだけで、話題を切り替える。
「で──戦い方だ。 当時はイギリスで調達した銃火器を使っていたらしいが、いつも手入れをしている槍でも戦えるのか?」
「当然だ。 我が国は元来、槍による白兵戦の文化を持つ。それで島々を制した事実に、偽りはない。」
真っ直ぐな眼差しで語られる言葉には誇張も虚勢もなく、ただの事実として語っている。
「……ならいい。 近接はお前に任せる。 距離を取られた場合は、こちらで判断する。」
「うむ。 承知した。」
そのやり取りは、あまりにも簡潔だった。
信頼ではなく、合理的な役割分担として。
その時──
再び店員が現れ、メイン料理が並べられる。
「お待たせしました。 シュラスコ、ローストビーフ、ローズマリーチキン、ゴロゴロポテトでございます。」
肉の香りが立ち上り、それを見たライダーの表情が僅かに緩んだ。
「……今は戦場の外だ。 このひとときを味わおうではないか。」
「……ふんっ。」
轡水は応じず、否定もしない。
戦う時は戦い、休む時は休む。
ライダーは、その生き方を貫いてきた。
一方で、轡水は常に“次”しか見ていない。
同じ料理を口にしながら、同じ時間を共有しながら。
二人の視線は、まるで違う場所を見ていた。
──やがて訪れる戦場を。
それから、二時間程が経過した頃──
キャスターと纐纈は、実地でのマッピングを兼ねて、芝原駅周辺に位置する大和公園へと足を運んでいた。
駅を起点に半径二キロ圏をなぞる様に巡り、その最終点として辿り着いたのが、この場所である。
夏の陽光に照らされた木々は青々と茂り、木漏れ日が地面にまだらな影を落とし、その下を二人は並んで歩く。
「さて……芝原一帯の確認は、この公園で一区切りだね。 この盤面を押さえれば、少なくとも地形的な不利はなくなるさ。」
「うんうん。 なんかさぁ、完全にあのステルスゲームのマップ埋めだよねぇ!」
軽い調子の言葉ではあるが、その実態は命を賭けた下準備に他ならない。
だからこそ──二人は敢えて楽しむことに傾いていた。
緊張を緩める為ではなく、緊張に呑まれない為に。
「それにしてもさ、夏休み期間ってもっと人多いイメージだったけど……この辺りは意外と静かだねぇ。」
周囲を見回しながら、纐纈が言う。
「ふふふ、確かに。 多くは旅行や帰省に流れ、普段の私の様にオンラインゲームで遊んだりもしているのだろうね。 ……ある意味、好都合とも言える。」
人が少ないということは──“見られない”ということである。
白昼であろうと、戦闘の自由度は格段に上がる。
魔術の秘匿の最低限のルールを破らぬ為にも、この条件は重要だった。
「でもさぁ、こういう“何もなさそうなタイミング”で急に戦闘が始まるのって、あるあるだよねぇ。」
「ふふ、確かに。 そういう展開を、物語は好むものだからね。 きっとナレーションも何か言ってくれる筈さ。」
……なお、この二人のメタ発言を諫めたり反応するのは、最早無意味と判断する!
それはさておき──二人は談笑しながらも、視線だけは絶えず周囲を舐める様に巡らせていた。
遊びの顔と戦の眼の二重構造が、二人の強さだった。
そして──この“予感めいた軽口”が現実へと変わるまで、あと僅か。
──その頃。
同じ大和公園の敷地内を、もう一組の影が歩いていた。
ライダーと、轡水である。
轡水がライダーの後ろを歩き、露骨に不機嫌な声を漏らす。
「……まったく。 ただでさえ日差しは嫌いだというのに、こんな木漏れ日の下を歩かされるとはな。」
ライダーは背筋を伸ばし、後ろに手を組んで悠然と歩く。
「京介。たまには良いものだ。 陽を浴びることは、身体を整える一助にもなる。 古来より、自然との調和は力の源だ。」
「……理屈はいい。 効率が悪い。」
片や自然と調和する王、片や世界を“効率”で切り分ける男、その二人は当然対照的だった。
「それよりも重要なのは、接触だ。 この付近でキャスター陣営と遭遇すれば──即座に潰す。」
「構わぬ。 私は最初から、そのつもりだ。」
轡水の低く沈む声に、ライダーは迷いなく応じた。
言葉に熱はないが、その静けさこそが本気だった。
やがて、二人は公園中央の広場へと差し掛かる。
その瞬間──
「士、チョコレートバーをもう一本貰えるかい?」
「いいよいいよ! じゃあ、俺も食べちゃおっと!」
視線の先にいたのは──キャスター陣営。
緊張感の欠片もない軽やかなやり取りは、あまりにもこの場に不釣り合いだった。
この先の展開など露知らず、二人はいつも通りの空気で歩いている。
当然、その姿をライダー陣営が易々と見逃す訳がない。
「……! あのメッシュの入ったアシンメトリー……間違いない。あれが PyroMind──もとい、キャスターだ。」
「ふむ。 加えて纐纈士も同行している。 誤認の余地はないな。」
ライダーの声は静かだったが、その内側にあるものは明確な戦意だった。
ライダーにとって奇妙な再会、そして轡水にとってはこれが初対面。
だが、その距離はあまりにも近く、逃げ場も猶予もない。
そして同時に、キャスターもまた“それ”を感じ取っていた。
空気が変わり、風が止まり、空間に見えない圧が満ちる。
「……士。」
キャスターが、静かに纐纈の肩へ触れる。
合図はそれだけで充分だった。
キャスターの視線が、ゆっくりとライダー陣営へと向けられる。
「──やぁ、ライダー。」
「キャスター、奇遇だな。」
先に口を開いたのは、キャスターだった。
声音は柔らかいが、その視線は一切揺れていない。
「まさか、こんな場所で再会するとはね。 後ろの彼が、キミのマスターかい?」
その問いに応える様に、ライダーが一歩前に出る。
「いかにも。 この者こそ我がマスター──轡水京介である。」
紹介の声音は穏やかだが、その内側に潜む戦意は明白だった。
対して──
その名を呼ばれた轡水は、まるで獲物を値踏みする肉食獣の様に一歩も動かずただ睨んでいた。
「……ふん。 随分と呑気なものだな。 これから潰す相手に、挨拶とは。」
その一言で、空気の温度が一段と下がる。
思わず、纐纈が苦笑いを見せ、キャスターに小さく呟いた。
「(……キャスター。 俺……あの人、本能的に苦手かも。)」
「(ふふふ。 確かに、士と彼が反りが合うとは思えないね。)」
軽口の裏で、二人の視線は既に戦場を捉えている。
だが──轡水はその囁きを見逃さず、冷たい声が割り込む。
「言ってろ。 陰口など慣れている。 価値のない人間程、そういうものだ。」
そして僅かに顎を上げ、視線が鋭く突き刺さる。
「それよりも──本題だ。 お前達は、ここで排除する。 ……特に、な。」
明確な“標的宣言”が二人に放たれた。
「……んえ?」
口角を上げるキャスターと対照的に、纐纈が僅かに目を見開くが、その目線は一切逃げていない。
「轡水さん……でしたっけ どうして僕らを?」
その問いに答えたのは、ライダーだった。
「単純な話だ。 キャスターの知略、それに応じる其方の連携、更にバーサーカーを打ち取った戦果。 それらを総合し──京介が其方らを脅威と判断したに過ぎぬ。」
その口調は穏やかだが、内容は紛れもなく“宣告”だった。
そして──ライダーは僅かに笑う。
それは先程までの柔らかな笑みとは違う、戦士の笑みである。
「急ではあるが……これも聖杯戦争の運命。 互いに全力を尽くそうではないか。」
その瞬間、ライダーの私服が弾ける様に霊装へと変わる。
西洋貴族の装いに、南国の王を思わせる腰布──異なる文化を纏いながらも、揺るがぬ“王の威”がそこにあった。
「おぉ……! やっぱり王様って感じするねぇ!」
「うん。 島国の王で、その装い……候補は更に絞れたかな。」
この状況でも尚、観察を優先する余裕──それがキャスター陣営の異質さだった。
「……ライダー、徹底的に潰せ。」
一切の感情を排した低い声音で、轡水が命じる。
「軍師気取りの道化と──その隣にいる、ただ運が良かっただけの弱者をな。」
明確な侮蔑に、明らかに空気が軋む。
纐纈が、再び苦笑いを見せてキャスターにまた呟く。
「(……キャスター、さっきの訂正するね。 俺──あの人、本能的に嫌いかも。)」
「(ふふふ。士がここまで嫌うのも珍しいけど、健全な感想だね。)」
変わらず談笑の様な軽口を挟み合うが、次の瞬間には切り替わる。
キャスターの私服が翻り、古代中国の軍師の装束へと姿を変える。
静かな変化だが、それは戦場への宣言だった。
こうして、幾度も勝利を積み重ねてきたキャスター陣営と、未だ底を見せぬライダー陣営の二つの力が、ついに交差する。
その先に待つ結末を、まだ誰も知らないまま──