聖杯戦争がいよいよ終わりへ向かいつつあるという知らせが各所へ届けられてから、四時間程が経とうとしていた頃──
この日、勤め先の歯科医院が夏季休暇に入っていた亜梨沙は、夏の日差しが差し込む自室で、目を細めながらゆっくりとベッドから身体を起こした。
「……今日も、平和な一日になるといいな。」
背筋を伸ばし、そんな当たり前の願いを胸に抱いた、その時──
ブルルッ ブルルッ
枕元のスマートフォンが、低い振動音を響かせる。
「……メルヴィンさんだ。」
画面へ表示された名前を見た瞬間、亜梨沙の表情が僅かに強張った。
この数ヶ月で、彼女も学んでいた。
メルヴィンから突然ROPE経由で音声通話が掛かってくる時は、大抵の場合穏やかな話ではないと。
不安を拭えぬまま、亜梨沙は重くなった指先で通話ボタンを押す。
「メルヴィンさん、おはようございます。」
『やぁ、亜梨沙ちゃん。 おはよう。』
電話の向こうから返ってきた声は、いつもより少し掠れていた。
どうやら二度寝から目覚めて、まだそれ程時間が経っていないらしい。
「お電話ってことは……何かあったんですか?」
『流石だねぇ。 もう私からの突然の電話だけで、何かあるって分かる様になったか。』
「……この数ヶ月で、なんとなく。」
苦笑する亜梨沙にメルヴィンも僅かに笑ったが、そのまま声の調子だけが変わる。
『いよいよ、この聖杯戦争の聖杯が形成されそうなんだ。』
「…………えっ。」
その一言で、眠気が一気に吹き飛んだ。
頭では分かっていたが、とうとうこの時が来た。
いつか必ず、この聖杯戦争には終わりが来る──その終着点が近付いているだけだが、それでも実際にその時を告げられると、胸の奥が締め付けられる様だった。
『場所は石神区・曙が丘公園。 形成までには二、三日ほど掛かる見込み。 まだ少しだけ時間はあるから、ランサーの槍を整えたり、決戦前の調整訓練をしたりする余裕くらいはあるよ。』
メルヴィンは相変わらず軽い口調だったが、それが彼なりの気遣いなのだと、亜梨沙にも分かっていた。
『……まあ、残された時間が少ないことに変わりはないけどね。』
「……はい。 でも……もうすぐ……ランサーとも、お別れなんですよね。」
それは、聖杯戦争の終わりそのものよりも重かった。
最初は、自分とは正反対の英霊で、明るく豪快で、遠慮がなくて、正直最初の頃は少し苦手だった。
しかし、数ヶ月共に暮らし共に戦った中、いつしかその存在が当たり前になっていた。
朝になれば声を掛けてくれ、食事をすれば隣にいる。
不安になれば、背中を押してくれる、そんな日常がもうすぐ終わる。
『……まあ、それもそうだね。』
気持ちを察したのか、メルヴィンの声が少しだけ柔らかくなる。
『でも亜梨沙ちゃん、もう一つ考えてみなよ。 この戦争が終わるってことは──命が残るか失われるかを怯え続ける状況も、もうすぐ終わるってことだ。』
亜梨沙は顔を上げた。
『だから、あと少しだけ頑張ればいい。 最後の決戦を乗り切ればいいのさ。』
言葉自体は相変わらず軽いが、その内容は亜梨沙の心を正面から射抜いていた。
メルヴィンは、この数ヶ月間ずっと彼女を見てきた。
戦いを恐れていた彼女が、ランサーと共に少しずつ前を向いてきたことも。
それでもなお、戦争の終わりを前にすれば不安になることも。
「……はい。 ランサーとのお別れは寂しいですけど……一緒に生き残ります。」
息を呑みながらも小さく、しかし確かな声で答える。
『それでこそ、成長した亜梨沙ちゃんだ。』
メルヴィンの声には、どこか満足そうな響きがあった。
『曙が丘公園へは、二日後の真夜中辺りに向かうのがいいかもしれないね。 それじゃあ、引き続き最後までよろしく。』
「はい。 メルヴィンさん、ありがとうございます。 それでは──」
通話が切れ、スマートフォンの画面には何事もなかったかの様にホーム画面が映っていた。
その直後、僅かな静寂を破る様に勢いよくドアが開く。
ガチャッ
「おう、亜梨沙! たまたま聞こえたけど、聖杯戦争絡みか?」
そこに立っていたのは、朝のランニングを終えたランサーだった。
それでも彼はそのまま亜梨沙の部屋へ踏み込むことはしなかったのは、汗だくのまま入らない様、彼なりの気遣いなのだろう。
「ランサー。」
亜梨沙は振り返り、そのまますぐに応えた。
「うん、そう。 聖杯のことだった。 シャワーを浴び終わったら、詳しく話すね。」
「おう! じゃあ、ちゃちゃっと行ってくる!」
そう言うなり、一目散に風呂場へ向かっていく。
それから少し、シャワーを浴び終えたランサーと向かい合い、亜梨沙は先程の通話で聞いた内容を余すところなく伝えた。
聖杯の形成場所、形成までの時間、そして決戦が迫っていること。
「なるほどな。」
インスタントコーヒーを片手に、ランサーは静かに頷いた。
「だったら、早い内に身体を仕上げておかねぇとな! あと、槍の手入れも!」
いつもの快活さを崩さず、彼は決戦へ向けた準備を口にする。
「……それもそうなんだけど。」
それでも、亜梨沙は少しだけ視線を落とし、少しずつ口を開いた。
「もうすぐお別れなんだって思うと……やっぱり、ちょっと寂しいかも。」
その言葉に、ランサーは一瞬だけ目を丸くした。
「……はっはっは!」
すると、いつもの様な豪快な笑い声を上げた。
「なんだよ、亜梨沙! そんなことを心配してたのか!」
「……えっ?」
意外そうに顔を上げる亜梨沙の目の先では、ランサーが笑いながら彼女を真っ直ぐ見つめていた。
「別れなんて、生きてようが死んでようが、いつかは必ず来るもんだろ?」
その言葉は、あまりにもあっさりしていたが、その奥には一切の軽さがない。
「だったらよぉ、オレにできることは一つだ!」
ランサーは拳を握り、自らの胸を叩く。
「何があろうと、最後の一秒までお前を守る! 前にも言ったろ?」
屈託のない笑顔の背後に立つ姿は、ただの気のいい青年ではなく、数多の戦場を駆け抜けてきた英霊だった。
その眼差しには、神話の時代から受け継がれた戦士の威風があった。
「どっちにしろ、それでオレが消えるんなら本望だ! だから亜梨沙、顔を上げろって。」
「…………ランサー。」
亜梨沙は、しばらく屈託のない笑顔のランサーを見つめていた。
胸の奥に巣食っていた不安が、少しずつ解けていく。
ランサーが召喚されてから、何度この言葉に背中を押されてきただろう。
最初は聖杯戦争も、殺し合いも、サーヴァントという存在も、全て怖かった。
恐怖が消えたわけではないが、今は隣にこの男がいる──それだけで、前へ進めていた。
「……ありがとう。」
「おうっ!」
ほんの少し笑った亜梨沙にランサーも満足そうに笑い、ふと何かを思い出した様に立ち上がった。
「んじゃ亜梨沙、朝飯作るんだろ? たまには作らせっぱなしじゃなくて、オレにも何かさせてくれよ!」
亜梨沙は目を丸くした後、思わず吹き出した。
「……ふふっ。 じゃあ、食材を出すのと、食器の用意をお願いしようかな。」
「おう、任せろ!」
二人の間に、いつもの空気が戻る。
聖杯の形成まで残り三日、決戦まで残り僅かな時間。
やがて訪れる別れは、確かに避けられない。
それでも、だからこそ二人は、残された時間を恐れるのではなく、一つ一つの何気ない瞬間を大切に過ごすことを選んだ。
聖杯戦争の終わりまでに与えられた、最後の猶予の中で──
同じ頃、都内に聳え立つタワーマンションの一角──
外界を焼く夏日の熱気は、厚いカーテンによって遮断されていた。
そこにあるのは、相も変わらぬ轡水の部屋、そして相も変わらぬ日常だった。
部屋の一角では、ライダーがいつもの如く、己の得物である槍の手入れをしている。
刃先を丁寧に拭い、油を馴染ませ、僅かな曇りさえも見逃さぬ様に目を凝らす。
その傍らでは、轡水がデスクトップパソコンへ向かい、黙々とドキュメントを打ち込んでいた。
今日、彼が記しているのは、例の己の理想論──すなわち”計画表”。
そしてもう一つが、この聖杯戦争における、各要注意陣営についての情報だった。
これまでの戦闘や遭遇によって得られた情報を整理し、特にキャスターの能力や戦術、そして危険度について加筆していく。
普段と違うところがあるとすれば、ただ一つ──決戦の時が、最早そう遠くないことだった。
残留陣営の誰もが、それぞれの戦いに備えている故か、部屋に流れる空気には、普段にはない鋭さがあった。
穏やかとは到底呼べないが、それもまたこの戦争においては日常の一部だった。
そんな、張り詰めた静寂を断ち切る様に──
……ブルルッ ブルルッ
轡水のスマートフォンが震えた。
画面に表示された通話の通知に、轡水は僅かに眉を動かす。
「……化野?」
カレンダーを確認するも、定時連絡にしてはいささか日にちの間隔が短い。
そして何より、この時間帯にわざわざ掛かってくるということ自体が気に掛かった。
非日常の只中にある今、まだ良心的とも言い切れない時間帯に行われる通話が、ただの連絡である筈がない。
轡水には、なんとなく察しがついていた。
そして、呼吸をする様に淡々とスマートフォンの通話ボタンをタップする。
「化野か。 今日はなんの連絡だ?」
返ってきたのは、いつもと変わらぬ轡水の、冷たいナイフを思わせる声。
それに対する様に響いたのは、いつもと変わらぬ、妖艶で透き通った声だった。
『轡水様、おはようございます。 聖杯戦争に関する、緊急で大事なお知らせがあります。』
化野のその声は落ち着いている。
だからこそ、その言葉の内容だけが妙に重く聞こえた。
『通話でと思いましたが……実は私、私用の都合で丁度近くにおります。 直接お話できますか?』
緊急で、大事な知らせ──轡水の予想に違いはなかった。
だが、ただ一つだけの違和感は、何故わざわざ直接会う必要があるのかということだった。
「随分と急だな。 重要とあれば、別にいいだろう。 どうでもいい話なら、考えがある。」
『ありがとうございます。 作業中ならば、難しい話でもないので片手間でも構いません。 直ちに向かいますので、後程。』
「……あぁ。 速やかに来い。」
通話が終わって画面が暗転すると同時に、轡水はスマートフォンを机へ置き、目線だけをライダーへ向けた。
「おい、化野が来る。 聖杯戦争に関する話があるらしい。」
声を掛けられたライダーは、槍の穂先へ油を馴染ませながら、軽く頷いた。
「承知した。」
それ以上の言葉はない。
轡水もまた、何も言わずにデスクトップへ視線を戻した。
やがて、フロントで幾つもの手続きを経て、化野が轡水の部屋のインターフォンを鳴らした。
「……上がれ。 そのまま部屋へ来て本題を話せ。」
『承知致しました。 お邪魔いたします。』
遠隔でロックが解除され、鍵の開く音がした。
静かに扉を開けると、化野は淡々と室内へ入り、履いていた草鞋を整える。
その所作には、一切の乱れがない。
そして、まるでこの部屋に来ることさえ日課の一部であるかの様に、静かに轡水とライダーのいる部屋へと辿り着いた。
「来たな。 用件はなんだ?」
デスクトップの前で半身だけを化野へ向け、轡水はドキュメントを打ち込む片手間に問い掛ける。
「轡水様、急なところをありがとうございます。 早速、本題に入りましょう。」
簡素な粗茶が置かれたテーブルを前に立った化野は、僅かに姿勢を正した。
「石神区・曙が丘公園にて、聖杯の反応が確認されました。」
轡水の指が、キーボードの上で止まる。
「特殊なケースのもの故、形成には二、三日必要の見込みとのことです。」
その言葉が部屋の空気を僅かに変え、轡水はゆっくりと椅子を回し、化野の方へ身体を向ける。
「……確かに重要だが、わざわざ直接話すことか?」
「えぇ。 轡水様の心境や意気込みを、しかと感じ取りたいので。」
穏やかに頷いた化野の声音には、探る様な響きがあった。
「いよいよ来たる決戦。 勝算はありますか?」
轡水は答えず立ち上がり、ウォーターサーバーからグラスへ水を注ぐ。
透明な水面が揺れ、その向こうに化野の姿がぼんやりと映った。
冷たい水を一口喉へ流し込んでから、静かに口を開く。
「……くだらない。」
その言葉には、質問そのものを一蹴する様な冷たさがあった。
「粗方、陣営の闘い方の見当はついている。 後は──」
そこで、轡水は視線を横へ向けた。
「こいつの動き次第だ」
その先にいるのは、当然ライダーである。
以前のキャスターとの戦闘で始終を見届けた轡水は、少なくとも戦闘面においてライダーを疑ってはいなかった。
寧ろ、最後に勝敗を左右するのは己ではなく、サーヴァント同士の戦いなのだと理解している。
「自信がおありの様ですね。 安心しました」
「……話は終わりか? 私用があったんじゃないのか?」
グラスをデスクの上へ置いた轡水の声は冷たく、追い払う様な言い方だった。
だが化野は気にした様子もなく、軽く微笑みながら静かに立ち上がる。
「えぇ。 この宇田区にあるラウンジサウナという所が一般開放日なので、向かっていたところでした。」
「……あの会員制のか。」
轡水は僅かに眉を動かし、再びグラスの水を口に含んだ。
「そんなことはどうでもいい。 用が済んだら出ていい。」
「えぇ、ご武運を。 失礼致します。」
そう言うと、化野はまるで風に揺れるしなやかで無駄のない稲穂の様に一礼をし、そのまま轡水の自宅を去っていった。
部屋には再び静寂が戻り、暫しの沈黙から先に口を開いたのは、ライダーだった。
「京介も申した通り、近くに立ち寄ったからとて、彼女もわざわざここへ来てまで話すことであろうか?」
轡水は答えるまでに僅かな間を置き、吐き捨てる様に続ける。
「……あぁ。 本当に掴めない女程、憎らしい奴はそうそういない。」
化野に何らかの意図があったのか、それとも本当にただ近くへ来ていたから直接伝えただけなのか──その答えを、二人は掴めない。
彼女の言葉は、いつも必要なだけを残し、それ以上を語らない。
だからこそ、その沈黙の奥に何があるのかが見えない。
それだけではない。
聖杯戦争そのものが、いよいよ終幕へ向かって動き始めている。
たった二、三日だけの時間は、轡水にとって計画完成のための猶予であり、ライダーにとっては己の槍を振るうまでの残された時間でもある。
部屋に重い空気がのしかかり、ライダーは黙したままその槍の先を見つめるのであった──
同じ頃、桃園区にあるアパートの一角──
纐纈の部屋では、窓から差し込む夏の気配を余所に、纐纈とキャスターが運動着姿で身体を伸ばしていた。
近日中に訪れてもおかしくない決戦の時を想定し、キャスターのスタミナ作りを兼ねた地上ウォーキングとプールでの水中ウォーキングの為の準備運動である。
とはいえ、命懸けの聖杯戦争を前にして行うには、あまりにも健康的な光景だった。
「さて! 意味があるか分からないケド、今日もぼちぼち身体を慣らしていこう!」
「ふふふ。 地獄の訓練ではないだけ、来たる決戦に障る様な内容ではないと思うさ。」
軽口を交わしながら、二人は肩や腕や腰や脚と、身体の各所を満遍なく伸ばしていく。
一つ一つの動作は決して激しくないが、これから待ち受ける戦いに備えるには、こうした地道な積み重ねこそが重要なのだろう。
やがて二人のストレッチも一通り終わりに差し掛かったり、このまま一度水分を摂り、それから早速ウォーキングを始めようと思った、その時──
──ブルルッ ブルルッ
不意に、纐纈のスマートフォンが低く震えた。
纐纈は動きを止め、ポケットに入れていたスマートフォンへ手を伸ばす。
画面を確認すると、そこに表示されていたのは見知った者の名前だった。
「おっ! エルメロイ先生だ!」
「ほぉ。」
キャスターが画面を覗き込み、顎を摩りながらどこかニヤついていた。
「こんな時期に、こんな早めの時間に掛ける通話なんて、概ね見当はつくけど、出ようか。」
纐纈が画面を操作するより早く、キャスターの言葉が背中を押した。
そのままビデオ通話のボタンをタップすると、接続された画面に映し出されたのは──
見るからに寝不足のロード・エルメロイII世、そしてその後ろに控えるグレイの姿だった。
『ミスター纐纈、キャスター。 おはよう。』
『おはようございます。』
ロード・エルメロイII世は額を押さえながら、隈の浮いた目を無理矢理こじ開けている。
その背後では、グレイが静かにコップ一杯の水を差し出していた。
どうやら、こちらはこちらで、決戦とは別の意味で限界が近いらしい。
「エルメロイ先生、グレイさん、おはようございます! やっぱり、なんか緊急なことが起こったんです?」
「やぁ、二人共。 キミ達の言いたいことを当ててみよう。 差し詰め、聖杯の形成が近付きつつあるって内容かな?」
口角を上げながら問いただすキャスターの声音には、ほとんど確信に近いものがあった。
ロード・エルメロイII世は、一瞬だけ目を見開き、安堵とも諦観ともつかぬ疲労が滲んだ息を吐いた。
『……その通りだ、キャスター。 説明の手間が多少省けた。 ちなみに、場所は石神区・曙が丘公園だ。』
続けて、グレイが淡々と補足する。
『しかし、今回はイレギュラーな件もあり、生成までには二、三日の見込みがあるともされています。』
本来ならば、この説明だけでも五分程度は要するつもりだったのだろう。
だが、キャスターがその内容を粗方予測していたことで、ロード・エルメロイII世が説明に費やす時間は大幅に短縮された。
結果として、彼の睡眠時間がほんの僅かばかり確保される可能性が生まれた。
「ややっ、こんなにも早く迫るなんて! 予感はしてたものの、やっぱりびっくりですねぇ!」
『ミスター纐纈、無理もない。こればかりは、我々にコントロールできんことだからな。』
ロード・エルメロイII世の言葉に、纐纈も素直に頷くしかなかった。
確かに、聖杯がいつ形成されるのか──それを人間の都合で遅らせることも、早めることもできない。
ならば、”残された時間をどう使うか”だけが、彼らに許された選択だった。
そしてグレイが静かに画面に顔を寄せ、言葉を続ける。
『このやり取りも、後少しとなってしまいましたが、可能な限り拙達も監督役として支えますので、ご安心ください。』
「はい!」
「あぁ。 承知したよ。」
二人が答え、キャスターが画面の向こうにいるロード・エルメロイII世へ視線を向けた。
「その前に、そこの寝不足の君主の健康状態から解消していこうか。」
『……!』
図星を突かれた様な顔のロード・エルメロイII世は、何も言わず深々と溜め息を吐く。
そして、グレイから受け取った水を口へ含んだ。
『あぁ。 この後すぐ寝なければ、正直本当に君達より先に死ねるまである。』
「ははは……有り得そうだから困りますよ。」
ロード・エルメロイII世は咳払いをし、話を切り上げに入る。
『私からは以上だ。 引き続き、以後はメッセージでグレイとやり取りをして貰いたい。』
「分かりました! エルメロイ先生、グレイさん、ありがとうございました!」
「私からも感謝するよ。 よく休み給え。」
纐纈とキャスターが画面へ向かって手を振る。
画面の向こうではロード・エルメロイII世が軽くハンドサインを返し、グレイもまた控えめに会釈をする。
『あぁ、こちらこそ。 健闘を祈る。』
『拙からもありがとうございました。 ご武運を。』
そうして、ビデオ通話は終了し、先程までそこにあった監督役達の姿が消えると、玄関前には再び静寂が戻った。
纐纈は一息吐き、手元の水を口に含み、口を開いた。
「キャスター、いよいよ来ちゃうね。」
「そうだね。」
「今のところはライダーの真名は割り出せてるケド、セイバーやランサーはまだなのかな?」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、キャスターの口角がゆっくりと上がった。
その表情には、戦いを前にした緊張よりも、どこか楽しげな知性の光が宿っている。
「ふふふ。 士、キミって奴は抜け目ないね。 ランサーに関しては、見当がついていたところさ。」
「んえっ、いつの間に!? それで、候補は!?」
興味津々に身を乗り出して問い掛ける纐纈を眺めながら、キャスターはどこか得意げに人差し指を立てて続けた。
「以前の飲みの時から、ぼちぼちさ。 確定とは言えないけど──インド神話のスカンダじゃないかな?」
「おぉう、あのシヴァの息子の! 決め手は?」
「ふふふ。」
目を丸くする纐纈を前に、キャスターは待ってましたと言わんばかりに、まるでこれから一席の演説でも始めるかの様に両腕を広げた。
「顔立ちや宗教的な価値観、俊足、指揮官としての経験──そして、亜梨沙を女としてよりも、護るべき存在として扱う。」
そこで、キャスターは僅かに笑った。
「そこから持ち前の力で推測したのさ。」
「流石すぎるよ! 正直、キャスターが味方でよかった!」
「ふふっ。」
キャスターは思わず軽く笑い、腰へ手を当て、更に続けた。
「ついでに言うと、もういないけど──アーチャーは、過去に身内と一緒に銃撃戦へ赴いていたこと、愛銃、そしてそれらを鑑みた上で、ワイアット・アープと見ている。」
「なるほど……!」
更なる彼女の推理に、纐纈も思わず頷いた。
「これで真名が特定できていないのは、セイバーだけだね。」
「それもそうだね! 結局、誰なんだろう?」
首を傾げる纐纈の問いに、キャスターは答えない。
彼女の持つ、常識外れとも言える真名看破の力をもってしても──現時点で、セイバーの正体だけは霧の向こう側にある。
断片的な情報はあるが、それらを一つの英霊へ結びつける最後の一片だけが足りない。
そして、それが分からないという事実そのものが、返って不気味だった。
もっとも、相手が誰であろうと決戦の日が訪れれば、二人はその敵と向き合わなければならない。
そして、纐纈がぽつりとキャスターその横顔を見て、口を開き出す。
「誰が相手でも、やることは変わらないよね!」
「あぁ。」
来たるべき決戦で相対する相手が、どのような英霊であろうとも、誰が敵であろうが、尽力する。
ただそれだけを、二人は静かに胸へ刻むのだった──