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ファミリーレストランで昼食を終えたセイバー陣営とランサー陣営は、人目を避ける様に、桜谷公園の茂みへと移動していた。

互いに距離をとり、風の吹き抜ける中、静かに対峙する。

「もう一度言っておくけど、今回は模擬戦だから、宝具の使用はなしな。 …とは言え、オレは速ぇぞ。 しっかり狙わねぇと、空振るぜ?」

軽口を叩きながらも、ランサーの楽しそうな表情には自信が宿っていた。

半裸にゆったりとしたズボンという古代インド風の礼装を身に纏い、長槍を手に鋭く地面を踏みしめる。

「承知しました。 …悔いなき模擬戦と参りましょう。」

セイバーもまた、頭巾付きの装束に防具といった礼装に身を包み、腰の鞘から刀を抜いて構え始めた。

その眼差しには、ただ勝負を楽しむだけではない、静かな気迫があった。

「セイバー、大丈夫か? オレ、聖杯戦争なんて初めてでさ…正直、自信ないんだ。」

一竜は不安げに問いかけた。

彼はまだ、一度も他の陣営と戦った経験がなかった。

「ご心配なく、一竜殿。 (わたし)(いくさ)には腕に覚えが御座います。 傍らで、どうかお見届けくださいませ。」

彼女は凛とした声で応じ、不安を払う様に微笑んだ。

一方、ランサー陣営の亜梨沙は、かつてのアサシン戦を思い返していた。

メルヴィンから教わった簡易魔術を上手く扱えず、寧ろ混乱を招いた記憶が、彼女の胸に重く残っている。

「ランサー…また魔術、上手く使えなかったらどうしよう…。 またランサーの足手まといになっちゃたら…。」

視線を落とし、両手をぎゅっと握りしめる亜梨沙に、ランサーは朗らかな笑みを向けると、片目をパチンとウィンクさせた。

「はっはっは、気にすんなって! 何事も失敗から学ぶもんだろ? それに今日は模擬戦だ。 練習には、もってこいじゃねぇか!」

その調子と言わんばかりに親指を立てる彼の楽天的な明るさは、亜梨沙の緊張をそっとほぐしていった。

確かに、平穏な日常を生きてきた一竜や亜梨沙にとって、戦いの空気は異物そのものだった。

風の肌触りさえ、どこか張り詰めている様に感じられる──

そして強く風が吹いた瞬間、合図の様に両英霊が地を蹴った。

先手を取ったのは、ランサー。

「よしっ、先手必勝だ!」

疾風(はやて)の如き加速で、ランサーが地面を滑る様に突っ走る。

槍を構えたその姿は、まさに風を穿つ一閃──!

「──ッ!」

鋭い一撃を、セイバーが寸でのところで受け止める。

ところが刀は大きく弾かれ、体勢が崩れかけるも、すかさず反撃の一刀を放った。

しかし──届かない。

彼女の剣が届く頃には、ランサーの姿はもう別の場所にあった。

「へへっ、どうよ? 一族の中でも、俊足じゃオレの右に出る奴はいねぇぜ」

距離を取って笑うランサーに、セイバーも一歩も引かぬ視線で返す。

「お見事。 確かにその脚、只者ではありませんね。 ……面白い。」

疲れも見せず、寧ろ目を輝かせる彼女に、一竜が驚きを隠せない。

「すげぇ……あんな速さと槍のリーチ、どうやって対抗すんだよ……。」

だが、セイバーは怯まず、槍を受け流しては切り返す。

ランサーもまた、翻弄するような足捌きで彼女を翻弄する。

「やるじゃねぇか、セイバー。 ここまでついてくるとは思わなかったぜ!」

戦ううちに、ランサーの表情に歓喜の色が濃くなっていた。

「ランサー、大丈夫!?」

亜梨沙の声が、やや不安げに飛ぶ。

「おうっ、心配ご無用! オレは走りこんでる分、持久力にも分があるからな!」

その言葉通り、息を切らすセイバーに比べ、ランサーはまだ余裕を残していた。

「さぁて、まだまだ終わらせねぇぞ!!」

ランサーの疾風(はやて)の様な猛攻が、再びセイバーに襲い掛かる。

一竜も、セイバーの疲れた様子に気づき、声を張り上げる。

「セイバー、無理すんなよ!?」

「承知!受け流しに徹します!」

セイバーが刀を構え直す、その瞬間──

突如、彼女の視界が揺れ始めた次の瞬間、ランサーがセイバーの目の前にいた。

槍を振りかぶったその瞬間、セイバーも構えるが──

気づけば彼の姿は左側に回り込んでいた。

「へへっ! 暴走した象の様に真っすぐ突っ込むだけが能じゃねぇからな!」

得意気な顔のランサーから、槍が鋭く振り抜かれる。

セイバーはとっさにスウェーで回避するも、完全には避けきれず、槍の切っ先が左肩の防具を掠めた。

ガンッ!!

乾いた金属音とともに、装甲の一部が砕け散った。

「セイバーっ!!」

一竜の叫びが飛ぶが、セイバーは怯まなかった。

しかし、振り抜いたランサーの一瞬の隙を、彼女は見逃していない。

「──隙ありッ!」

鋭い声と共に、刀の峰が、ランサーの無防備な胴へと振り下ろされる。

「っ……くぅっ!!」

ランサーも咄嗟に身を引くが、完全には避けきれず、峰が胴をかすめていた。

「ランサー!!」

眼鏡を押さえる暇もなく、亜梨沙が思わず立ち上がって叫び出した。

「ははっ……模擬戦だって無傷じゃ終わらねぇさ。だから気にすんなって!」

痛みすらも笑い飛ばすように、ランサーは明るく手を振った。

「亜梨沙。 そろそろ、あの時教わった魔術の使い時なんじゃねぇか? 上手くいかなくてもいいから、使ってみちゃえよ!」

ランサーが亜梨沙にそう声をかける。

いつもと変わらぬ陽気な調子だが、その目は真剣だった。

「えっ……でも、もしまた足手まといになっちゃったら……。」

かつてのアサシン戦での失敗が、亜梨沙の心にいまだ影を落としている。彼女は不安げに両手を握りしめながら視線を落とすが──

「大丈夫だ。 お前ならできる。 信じてるぜ!」

ランサーは笑顔で拳を掲げ、まっすぐに彼女を鼓舞する。

その眼差しに、亜梨沙の心に小さな火が灯った。

「……うんっ。 頑張る!」

眉を上げ、ズレた眼鏡を正す亜梨沙の瞳に、確かな決意が宿る。

「よっしゃ、援護頼んだぞ、亜梨沙!」

彼女にそう託すと、ランサーが再び戦場へ駆けていく。

その様子を見ていたセイバーが、一竜へ低く告げる。

「一竜殿、あの二人の動き……これまでとは違います。 油断は禁物かと。」

「わかった。 何が起きるかわからないけど──まずはやってみる!」

一竜も腹を決め、セイバーと共に再びランサーへ意識を集中させた。

「今だ、亜梨沙! 好きにやってみろ!」

ランサーの声に、亜梨沙は大きくうなずき、カバンから魔術書を取り出す。そして、メルヴィンから口頭で教わった術式を紡ぎ始めた──

次の瞬間。

セイバーの足元で、地面が小さく爆ぜた。

「っ!」

その爆発により、セイバーの動きに一瞬の乱れが生じ、わずかな隙が生まれる。

「──えっ、なに今の!?」

その様子を見た一竜が、驚きの声を上げた。

「そこだッ!」

ランサーの槍が、その空隙を突くように唸りを上げて迫る。

「ふっ!」

しかしセイバーは咄嗟のスウェーで回避し、肩の防具を掠める程度に収めた。

ランサーはすぐさま体勢を整え、亜梨沙の方へ振り返る。

「亜梨沙、上出来じゃねぇか!」

親指を立てて笑うその姿に、亜梨沙の顔が嬉しさで綻んだ。

「……はぁっ。 (あたし)、役に立てたんだぁ……!」

感極まった様に呟く彼女の声は、いつになく晴れやかだった。

──だがその直後。

「……え? 魔術? オレ、それも凜さんから何も聞いてなかったけど!?」

一竜が慌ててカバンをまさぐり、魔導書を取り出し──

「……あった! これか!」

ページをめくり、簡易魔術の項に目を通すと、即座に詠唱を始めた、次の瞬間。

「っ!? (わたし)の防具が……!」

砕けていたセイバーの両肩の防具が、淡い光と共に修復されていく。

「おぉっ! 一竜、初めてにしちゃ上出来じゃねぇか!」

一竜によるスムーズな魔術デビューに、ランサーが笑顔で賞賛を送った。

「よしっ、亜梨沙! これで準備万端だ!攻めていくぞ!」

再び亜梨沙へ視線を向け、模擬戦の再加速を宣言する。

「うんっ! もっとランサーの力になれるように頑張るっ!」

先ほどの成功体験が自信となり、亜梨沙の表情が一層輝いていた。

やがて戦いが再開し、ランサーがヒットアンドアウェイを仕掛け、セイバーが受け流しとカウンターで応じる。

その間、亜梨沙の爆発魔術と、一竜の修復魔術が戦場に彩りを添えていく。

だが、三分ほどが経った頃。

「……あれ……? め、目眩(めまい)が……?」

突如として、亜梨沙の身体がふらつき始めた。

「ははっ、やっぱ慣れてねぇとそうなるよな!」

すぐに駆け寄ったランサーが、倒れかけた亜梨沙を両腕で受け止める。

その様子を見て、セイバーと一竜も構えを解いた。

「ランサー! この模擬戦、ここまでにしよう! これ以上、亜梨沙さんに負担かけられないからさぁ!」

一竜が声を上げると、セイバーも無言でうなずく。

「おうっ、オレもそう思ってたとこだ。 気遣ってくれてサンキューな、一竜! セイバー、お前も最高だったぜ!」

ランサーは心からの笑みを浮かべ、敵ながら清々しく称賛を贈る。

「こちらこそ、大いに学びとなりました。 感謝いたします。」

セイバーもまた、この模擬戦闘でなにか得られたものがあったのか、素直な礼を返す。

「また会おうぜ!」

ランサーはそのまま亜梨沙をお姫様抱っこの体勢で抱え、笑顔のままその場を後にした。

「……あんなに気持ちのいいサーヴァントもいるんだなぁ。」

「ええ。 あれほど真っすぐで、マスター想いな英霊、他にいるでしょうか。」

一竜の呟きに、セイバーもまた目を細めてそう語った。

「俺達も負けてられないな。 セイバー、この聖杯戦争、気持ちよく勝ち残ろう!」

一竜は決意の籠もった眼差しで、右手を差し出す。

「ふふっ、もちろんでございます。 一竜殿は、これからも(わたし)が守りますとも。」

セイバーがその手をしっかりと握り返し、両者の絆が、より強固なものとなっていった──

一方その頃、ベンチに座って息を整える亜梨沙の隣に、ランサーがスポーツドリンクを差し出していた。

「亜梨沙、よく頑張ったな! お前のサポート、ホント助かったぜ!」

「……ランサー、ありがとう。 でも……今度は体力がもたなくて……。」

申し訳なさそうに笑う彼女に、ランサーは力強く言った。

「いいじゃねぇか。 出来ることと、出来ねぇことの線引きが見えたんだろ? だったら、次にどう活かすか考えていこうぜ!」

亜梨沙に励ましの言葉を掛けるランサーは、またいつも通りの所作で、亜梨沙の肩を軽くポンポンと叩いた。

「……うん。 (あたし)、もっとランサーの力になれる様に頑張る。」

その言葉に、ランサーは嬉しそうに目を細める。

「よっしゃ! じゃあ体力付けるために、今度オレのランニングに付き合ってみるか?」

「……うーん。やっぱり走るのは……私にはちょっとキツいかも……。」

運動が苦手な亜梨沙は、やんわりと断った。

「ははは! まぁ聞いてみただけだよ!」

ランサーは気にする素振りもなく、朗らかに笑った。

この二人の絆もまた、聖杯戦争の中で、確かな形を成しつつあった──