──セイバー陣営とランサー陣営が模擬戦を繰り広げていた、その日の昼下がりのこと。

アーチャーは、相も変わらず風を切り裂く様に、愛用のロードバイクを走らせていた。

体に心地よく吹き抜ける風と、ペダルを踏む振動は、彼にとっての"この時代の悦び"の一つと言えよう。

「(この街……妙に外国人が多いな。 観光か?)」

彼が走る桔梗区(ききょうく)栄植(さかえ)は、ゲームやアニメなど、サブカルチャーの聖地として知られる場所である。

国内はもとより、海外からもマニア達が巡礼に訪れるこの街には、いつもどこか熱気が漂っている。

人混みを避けて裏道を流していた、その時──

「……おっ? エアガン・シューティングレンジ? 射撃場か?」

ビルの前に掛かったのぼり旗が、アーチャーの視線を捉えた。

「(玩具の銃でも、動作の確認くらいにはなるはずだ。 金もあるし、ちょっくら行ってみるか。)」

そう呟くと、ビルの前でロードバイクにチェーンをかけ、迷いなくその建物へと足を踏み入れる。

階段を下った地下エリア、そこに広がっていたのは、まさしくエアガン用の本格的な射撃レンジだった。

「いらっしゃいませ。」

店内に入ったアーチャーを、中年の男性スタッフが柔らかな声で迎える。

アーチャーは軽く片手を挙げて、それに応じた。

「(……なるほど。 玩具と言えど、これほど種類があるとはな。)」

ハンドガンはベレッタM9、デザートイーグル、USP、SOCOM。

ライフルはM4、AK-47、G3……ショーケースには、あらゆるエアガンが所狭しと並んでいた。

その中で、アーチャーの視線が吸い寄せられたのは、一挺のリボルバーだった。

「──おっ……こいつは……!」

無駄な装飾を一切排した、鋼の実用美。

シリンダーをスナップ一つで開閉する様は、まるで毒蛇が牙を剥くかの様な凄みがある。

──それは、S&W M3だ。

「お客様、よろしければ手に取ってご覧になりますか? 初めての方でしたら、200発2000円のお試しコースもございますよ。」

店員の声に、アーチャーは目を輝かせながら頷いた。

「おお、それじゃあ……遠慮なく、頼んじゃおっかねぇ。」

ショーケースの鍵を開ける音とともに、アーチャーの手にM3が渡される。

「……ほう。 本物に比べりゃ軽いが、ディテールはよく出来てるなぁ。」

手に取った瞬間、アーチャーの目が職人の様な鋭さを帯びる。

細部まで舐める様に眺めながら、彼は射撃への欲求を再燃させていた。

「──よし。 早速、撃たせてもらえるか? こういう施設は初めてなんでな、ルール説明も一から頼む。」

「かしこまりました。 それではご説明いたします。 当店は会員制でして──」

システムやレンジの使用法、ガスガンの扱い方について一通り説明を受けたアーチャーは、ついに射撃ブースへと案内される。

彼が立ったのは、標的との距離が十メートルのミドルレンジ。

照準の先には、紙製のものからランプによるリアクション付きの標的まで、多様なターゲットが並んでいた。

「……よし。 まず、この玩具のリコイルの軽さに慣れないとな。」

慣れないゴーグル越しに睨むように照準を合わせたその眼差しは、まさしく射撃のプロのそれだった。

──そして放たれた一発目。

トリガーの軽さに、若干戸惑いながらも放たれたBB弾は、綺麗な直線を描き、見事に標的のど真ん中を撃ち抜いた。

「……はは。 腕が鈍ってないのは確かだが、リコイルがなさすぎるな。」

実銃との違いに小さく苦笑しつつも、アーチャーはすぐに気持ちを切り替えた。

「まぁ、感覚を取り戻すには申し分ない。 このまま撃ちまくってみるか。」

そこからの彼は、まさに"機械"(さなが)らだった。

迷いのない照準、正確無比な弾道、手際よく繰り返されるリロード。

「……あっ、そうだった! こいつは24発撃てたんだっけか!」

実銃の弾数6発に体が染みついていたアーチャーにとって、エアガンの高装弾数は奇妙に感じられたのだろう。

彼は思わず笑いながら呟くが、それもすぐに順応した。

その後の彼は、次々と標的の中心を撃ち抜き、見守っていたスタッフや他の客を圧倒していった。

──そして、それから四時間後。

「……でさ、これが今日の成果って訳だ」

恵茉の家に戻ったアーチャーは、紙の標的を何枚か恵茉に手渡し、嬉々として今日の出来事を語っていた。

「えっ、すごっ! 全部、ど真ん中じゃん! さすが西部の保安官!」

彼女が目にした標的の全てに、誤差のないど真ん中の命中跡が刻まれていた。

「本当は、実銃で練習できれば万々歳だが……この国じゃ違法らしいからな。 保安官が捕まっちゃ、シャレにならねぇだろ?」

肩を竦め笑うアーチャーに、恵茉もまた苦笑を返す。

「それでも楽しめたんでしょ? また新しい趣味が出来たんじゃない?」

「そうだな。 あれがあれば、戦いの勘も鈍らせずに済む。 ……悪くないな。」

アーチャーはそう言って、少しだけ得意げに笑った。

アーチャーと恵茉は、聖杯戦争という非日常の中で、束の間の日常を楽しむが、その"日常"もまた、戦いの布石として、確かな意味を持っていた。

この二人の行く末にも、目が離せない──

一方、その日の昼下がり──。

纐纈(くくり)は、静かな自室で案件作業に没頭していた。

キーボードを打つ音と、ヘッドホンから小さく漏れる音楽だけが響く部屋は、仕事の進行具合も順調な様で、どうやら大詰めに差し掛かっているらしい。

その傍らでは、彼とお揃いの黒の上下ジャージに身を包んだキャスターが、今日も今日とてオンラインゲームで世界の猛者たちを打ち倒していた。

……が、何やら様子が妙だった。

朝からというもの、彼女の口元には終始笑みが浮かんでおり、なにやら浮かれている様である。

足元も、まるでリズムを取るかの様に、フットレストの上で熊ともハムスターともつかぬキュートなキャラ物のお気に入りのスリッパを履いた足をパタパタと跳ねさせ続けていることが、更に拍車をかけていた。

「……なんだか、珍しく朝からずーっと落ち着きがないね?」

纐纈(くくり)は、そんな彼女の様子をずっと気にしていたが、ついに堪えきれず笑みを漏らしながら問いかける。

「ふふふ、ちょっとね。」

振り返ったキャスターは、やはり満面の笑顔を浮かべていた。

その表情は、普段なら敵を完膚なきまでに打ち破った時に見せる"勝利の顔"。

だが今日は、朝起きた瞬間から、歯磨き中も、朝食中も、ずっとその顔だった。

「──はてさて。 ちょっと郵便受けでも見て来るよ。」

気分転換も兼ねて、纐纈(くくり)は背伸びをして立ち上がる。

「うん、分かった。」

その声にも、やはり緩みきった笑みが見えていた。

玄関の扉を開けると、彼の目に飛び込んできたのは──

「……?」

アマゾネスドットコムのロゴがでかでかと印字された、大きなダンボール箱だった。

「──なんだろう? これ…。」

彼には身に覚えがなく、頭の上には視認出来るレベルの疑問符が浮かんでいた。

最近、通販など使った記憶は一切ないのだ。

もしかして隣人の荷物かもしれないと思い、宛名を確認すると──

『孫玲奈様 纐纈士(くくりつかさ)様方』

「……キャスター宛……?」

頭の上の疑問符が増えゆく中、背後から軽やかな足音と共にスリッパのパタパタ音が近づいてくる。

「お、もう届いてたんだね。」

嬉しそうな表情のキャスターが、荷物の前で足を止めた。

「……もしかして、ずっとニヤニヤしてたのって、これのせい?」

纐纈(くくり)の核心に迫る問いに、キャスターは得意げに頷く。

「その通り。今日届くってわかってたからね。」

「なるほどねぇ。 んで、何を頼んだの?」

そう、纐纈(くくり)が一番気になっているのは、箱の中身だ。

「ふふふ、開けてからのお楽しみ。(つかさ)もびっくりするかもよ?」

──そして、二人は荷物を部屋へと運び、中身を開封した。

「!?!?!? つよつよスペックの……ゲーミングPC……ッ!!」

その瞬間、纐纈(くくり)は思わず声を震わせた。

サーバーラックの様な筐体、透明パネル越しに呼吸する様に光るRGBライティング。

かの有名なメーカーのロゴが大きく描かれ、見るからに高性能なパーツが詰め込まれている。

──まさに、ハイスペック・ゲーミングPCだった。

「ふふふ、どうだい? なかなか良い選択だろう?」

キャスターは腰に手を当て、いつもの得意げな表情で見下ろした。

「……うん!! 良すぎるよ!! 流石すぎるよ!!! まさか我が家に、こんな代物が届く日が来るなんて……!」

纐纈(くくり)の目は、まるで新しいおもちゃを前にした子供の様にキラキラと輝いていた。

だが、ふと冷静になって、ひとつの疑問が頭を()ぎっていた。

「……てか、お金大丈夫なの!? いくらゲーム配信で収益化したって言ってもさぁ…。」

生活をする上でも、生きる為のツールである金銭が底を突いてしまっては、元も子もない。

不安に駆られた纐纈(くくり)はスマートフォンを取り出し、銀行口座のアプリを確認すると──

「!?!?!?」

三百万円を余裕で超える、桁違いの数字の入金が表記されていた!!

思わず目を疑い、口が開いたまま塞がらず、むしろ開いた口は三倍にも渡っていた。

「これ見て、同じことが言えるかい?」

悪戯っぽい顔で纐纈(くくり)の真横から画面を覗き込んできたキャスターが、画面を指差して満面の笑みを浮かべていた。

「うんっ! 言えないねぇっ!!」

感情が爆発した纐纈(くくり)は、キャスターとゼロ距離で向き合い、まるで叫ぶ様に感謝と驚愕をぶつけた。

実際、キャスターのゲーム配信は配信開始からわずか数日で登録者五十万超えという異例の伸びを見せ、広告と投げ銭によって信じられない額の収益を叩き出していたのだ。

そんな彼の喜びの姿を、キャスターは腕を組み、満足げに頷き、暖かく見届けていた。

「折角だし、回線も高速にしちゃわないかい? どうせなら、極上のゲーミング環境を作りたいしね。」

彼女は轆轤(ろくろ)を回すような手振りで、さらなる強化案を提案しだした。

「えぇっ!? あひぃーっ!? 生活水準が変わってく……!」

思わぬ展開に、纐纈(くくり)は嬉しさと不安の板挟み状態に陥る。

聖杯戦争が終わればキャスターとは別れる為、高水準の生活に慣れてしまった後の現実が恐ろしい──そんな気持ちもちらついていた。

「ふふ、大丈夫。 私に良いアイディアがあるんだ。 このPC、キミの作業用と兼用ってことにして、回線も業務に必要な設備として経費にすればどうだい?」

さすが策士、キャスターは税務知識まで密かに勉強していたらしく、堂々と節税策を披露し、纐纈(くくり)も思わずハッとしていた。

「あぁっ、そうか! 流石、名軍師!! …んで、俺はいつそのPCで作業出来るの?」

「ふふ、私がゲームをしていない時間、かな?」

キャスターのシンプルな答えに、纐纈(くくり)も思わず言葉を失っていた。

「……キャスターさあ、ご飯とシャワーと買い物と運動、それに睡眠以外、ほとんどゲームばっかりだよね?」

「うん。」

予想通り、あっさりとした即答だった。

召喚されてからのキャスターの生活は、常にゲームと共に過ごす様な、プロゲーマーすら真似をしようと思えない、寧ろ良い子は真似してはいけない生活そのものなのだ。

「──あはは……。」

纐纈(くくり)は返す言葉がなく、ただ乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。

とはいえ、この陣営もまた、今のところは至って平和そのものである。