それは、ある晴れた昼下がりのこと。
この日もセイバーは、叡光大学の体育館で剣道部の指導に励んでいた。
「斎藤さん、腕の力だけで振っては剣筋が鈍ります。 肩、肘、手首の関節を撓らせる様にしてみましょう。」
真摯に指導するセイバーの表情は柔らかく、どこか楽しそうでもあった。
その声音には確かな優しさと、戦場では見せない穏やかな熱が込められている。
助言を受けた部員は、直前の実戦と見違える様な一本を決めてみせた。
本人も驚いたのか、思わずガッツポーズを取り歓喜する。
「お見事です。しかし、試合中のその動作は、折角の鮮やかな一本が無効となってしまいますよ。」
喜びを称える一方で、セイバーはルール違反にもきちんと注意を促す。
その誠実で丁寧な指導は剣道部員達から好評で、部活の時間は活気と和やかさに包まれていた。
体育館の外、近くの休憩スペースでは、一竜と凜が腰を下ろし、顔を突き合わせて話をしていた。
電話では伝わらないこともあるから、と凜がわざわざ足を運んできたのだという。
だが、一竜は凛が機械音痴と言うことは薄々気付いており、彼女の言い分にどこか疑念を抱いている様子だった。
「……んで? わたしが“目立つな”って散々言ったのに、今やセイバーが非常勤コーチだって?」
やれやれと言わんばかりに、凜が一竜に呆れた様な目つきを見せ、問い詰めていた。
「あはは、すみません……剣道部の方々や教授が、セイバーの腕前を気に入ってしまって……。 それで、正式に頼まれてまして……。」
これには一竜もバツが悪そうに頭を掻き、笑って誤魔化すしかなかった。
あらかじめ責められる覚悟はあったとはいえ、凜の威圧感にはやはり抗えないらしい。
「…まったく! もう起きちゃったんだから仕方ないわよ。 それより、本当にこの前のランサーとの闘い、即殺し合いじゃなくて、模擬戦で終わったの?」
凜が本当に聞きたかったのは、セイバーの件ではなく、あの日の”戦い”の内容だった。
「…あぁ、はい。 むしろオレも驚きました。 ランサーも気持ちのいい奴でしたし、マスターの亜梨沙さんも……悪い人には全然見えませんでした。」
緊張の話題から解放された安堵もあってか、一竜はやや肩の力を抜いた様子で答える。
「…とはいえ、あのランサーは手強い相手でした。」
そこへ、ちょうど着替えを終えたセイバーが会話に加わった。
鋭い眼差しを携えながら、静かに口を開く。
「嘘……。 まさか本当に殺し合いじゃなく終わるとはね……。 やっぱりこの制度、一般人が絡むと発想が魔術師と違うのかしら……?」
凜は、どこか呆れたように言葉を紡ぐ。
「へぇ。 本来の聖杯戦争って、やっぱりこんなもんじゃないんですね?」
一竜も首を傾げるように問い返す。
「そうよ。 本来の魔術師同士で行う戦争なんて、甘ったるいどころか、陰湿で狡猾で、正々堂々なんてまずあり得ない、罠と謀略の応酬よ。」
本来の”聖杯戦争”の泥臭さを、凜は淡々と、しかしどこか苦々しげに語った。
「凜さんみたいな、ゴリゴリの合理主義の人達ばっかりなら、そりゃ血も流れますよねぇ。」
一竜は冗談交じりでそう言い放つと──
「そうねぇ。 わたしみたいなのがいっぱいいたら…って、どういう意味よ!?」
凛の地雷を綺麗に踏み込み、彼女が一竜を睨みつけ、バッと右拳を振り上げた。
「わっ! あはは、冗談ですって! すいませんってば!」
一竜は両手を掲げて弁解に追われる羽目になった。
「……そういえば凜さん。 この“新制度”に反対してるのって、ルヴィアさんと、その…なんとか先生と、他に誰かいるんですか?」
話題を変えることでなんとか怒りの矛先をそらそうと、一竜が問いかける。
「そうね。 先生のロード・エルメロイⅡ世が積極的に動いてるわ。 この戦争ではキャスター陣営の担当。 あと、彼の内弟子のグレイ。 それにルヴィア、そしてわたし。 今のところ、主要な反対派はこの四人ってところね。」
握り拳をようやく収めた凜は、少しだけ落ち着いた口調で説明を続けた。
「他の魔術師はみんな賛成派なんですか?」
「うーん、一人だけ表向きは中立的な立場だけど、協力者がいるわ。 メルヴィン・ウェインズって男。 先生の旧友なんだけど、とんでもないクズよ。 日本まで来たのも、ママの財布から金くすねてきたりしてね。 でも先生には情報を流してくれるから、一応敵ではないわね。」
毒の混じった口ぶりで、凜はメルヴィンについても語った。
「なるほど。 情報が増えてくるなら、“新制度”も意外とすぐに廃止されるかもですね!」
呑気に笑う一竜だったが──
「何言ってんのよ! 聖杯戦争が始まってもう日も経ってるんだから、そろそろ波乱が起きる頃合いかもしれないでしょ?」
「凜殿の懸念、私も同感です。 戦とは、常に静けさの後に始まるものです。」
セイバーも凜の意見に頷き、鋭い眼差しを遠くへと向けた。
「やっぱり、セイバーは話が早いわね。 ……他の陣営で、本物の殺し合いが始まっても可笑しくないわよ。」
「……はぁ。 やっぱり聖杯戦争に関わっちゃった以上、のんびりなんてしてられないか……。」
課題やら戦争やら、山積する問題に溜め息をつく一竜は、空を見上げてぼやくのだった。