アサシン陣営とバーサーカー陣営の戦闘から翌日のこと──

一竜とセイバーは、いつもの様にちゃぶ台を囲み、簡素ながらも温かみのある朝食を摂り、テレビにはニュースが流れていた。

アナウンサーが深刻な表情を浮かべ、読み上げていたのは──

『昨夜未明、花園区にある古井戸組の敷地で、大規模な破壊跡が発見されました。 現場には爆発や火器によるものとは明らかに異なる痕跡があり、専門家の間でも原因の特定には至っていません。 このことを受け──』

テレビの映像には、無惨に崩壊した施設や、抉れた地面、そして所々に残る血痕。

それは紛れもなく、昨夜アサシンとバーサーカーが激突した痕跡だった。

「セイバー、あれって……ただの人間や銃火器でできるレベルじゃないよな?」

一竜は食べかけのハムトーストを皿に置き、大学の支度をしながら不穏な画面に目を留める。

「ええ。 この地面の抉れ方──恐らく、現代兵器で可能なものでは御座いませんでしょう。」

セイバーもまた、ハムトーストと共に緑茶を啜りつつ、膝に剣道部の指導装備の袋を乗せ、正座でテレビに見入っていた。

「だよな…。 しかもこれ、囲いも建物も、そんじょそこらの衝撃じゃ説明つかないレベルに(えぐ)れてるし……まさか……やっぱり!?」

テレビの映像に映る惨状を見て、何かに気付いた様に一竜が呟いた。

セイバーも目を瞑り、彼の言葉に静かに頷く横で──

「もう始まったってことね。 本格的な聖杯戦争が……。」

「ん~……。」

二人の会話に続く第三者の声に、その場の全員が神妙な空気を醸し出すが──

ハッとした一竜が声の方向を向くと、いつの間にか凛がちゃぶ台の向かいに座っていた。

「……!? 凛さん!? いつの間にいたんですかっ!?」

驚く一竜に対し、セイバーはまるで当然の様に凛の湯呑みに茶を注いでいた。

「おはよう、一竜くん。 部屋の鍵、開いてたわよ? このご時世に不用心ね。」

凛は当然の様に、セイバーが注いだ緑茶を受け取り、話し始めた。

「それに、寄ってみたら丁度ニュースの音が聞こえたからね。 共有した方がいいと思って入ったの。」

「やはり、第五次聖杯戦争の経験者故、あの痕跡を見てすぐ察したのですか?」

セイバーが凛に問いかけると、凛は頷きながら答えた。

「当然よ。 あの時だって、わたしが通ってた穂群原学園とその周辺が滅茶苦茶になったし、公道も崩れたし、柳洞寺(りゅうどうじ)なんて収拾つかなかったし、もう大変だったんだから。」

「……はは、心中お察しします……。」

一竜は凜の壮絶な過去に呆然とし、食べかけのトーストを手にしたまま動きを止めていた。

やがて一同は部屋を出て、それぞれの目的地へ向かう為に歩き出していた。

一竜は大学へ、セイバーはそこの剣道部のコーチのアルバイトへ、凛は宿へ戻る道すがら同行していた。

「現場の破壊具合、どう見てもバーサーカークラスの仕業よ。」

例の古井戸組での話はまだ終わっておらず、歩きながら凛が口を開いた。

「へぇ、そうなんですかぁ。 じゃあ、そのマスターもかなり荒っぽい人なんですかね?」

一竜が立て続けに問うと、凛は首を横に振った。

「そうとも限らないわよ? 元々は普通の人でも、バーサーカーを制御するには精神的に限界が来ることもあるし。 それに、あの陣営の担当魔術師、シリル・ファラムスは特に要注意人物よ!」

その名に、一竜の眉が僅かに動く。

「ああ、新制度賛成派の魔術師がいるって言ってましたよね。 そいつって、どんな奴なんですか?」

シリル(アイツ)は、魔眼による精神干渉系の魔術が使えるの。 相手の自我を残して、自然にじわじわと操る、最悪(さいっあく)なタイプよ。」

凛の口から、シリルの愉快犯的な面が、明らかに分かる程不機嫌な言い方と共に語られた。

「うわ……なんだか、関わりたくない奴ですねぇ……。そんな奴と組まされたマスターも気の毒に……。」

複雑な顔で呟いた一竜は、同時にそのまだ見ぬマスター、冨楽謙匡(ふらくよしまさ)への同情と疑念が入り混じった表情を浮かべていた。

そんな会話の最中、三叉路から恵茉が駆け寄ってきた。

「おはよう! 私市くん、今朝のニュース見た!?」

「あぁ。 おはよう、美穂川さん。 丁度いいところに!」

一竜は振り向き、彼女に声をかけると──

「あら、貴女がルヴィアが見てる美穂川恵茉さんね。 わたしは遠坂凛。 一竜くんの担当よ。」

凛の自己紹介に、恵茉も少し緊張した様子で返す。

「あぁ、初めまして。 はい、アタシがアーチャーのマスターをしている、美穂川恵茉です。 凛さんのお話は私市くんやルヴィアさんからも伺っています。」

「ふぅん、ルヴィア(アイツ)からどう聞いてたか気になるけど……。で、ルヴィア(アイツ)からも事件について連絡があったの?」

「…え、えぇ。 朝一で音声通話が……。 今回の件、間違いなく聖杯戦争絡みだって言ってました。」

やはり、ルヴィアからの例のニュースに関する連絡が、恵茉にも届いていた様だ。

間違っても、ルヴィアから凛のことは"ミス・ゴリラ"と窺っていたことは、口が裂けても凜には言わない様に、心に秘めながら……。

「やっぱりか……それほど深刻ってことかぁ。」

一竜は改めて事態の重大さを実感していた。

その横にいるセイバーが、恵茉が何かを口篭ろうとしているのに薄っすらと気付いていた。

「で、私市くんはこれからどう動くの? 凛さんも何か考えはありますか?」

事の重大さについて深刻に考えていた恵茉が問いかけると、まず凛が答えた。

「とりあえず、情報整理するわ。 そして他の陣営の動きを見極める必要があるわね。」

凛の今後の考えに次いで、一竜も頷きながら凜に答えた。

「次に戦闘が起きる場所の予測も必要ですね。」

「その為にも、備えを怠らぬことが肝要です。」

最後にセイバーが続き、三人のやり取りはまるで息の合った作戦会議の様だった。

これも、一竜に叩き込んだ凜の教育の賜物(たまもの)なのだろう。

「……なるほど。 今は焦らず、静観するのが賢明かもね。 ありがとうございました、凛さん。 私市くんも、お互い頑張ろうね!」

恵茉は三人のその流れる様な連携に驚きながらも、その会話内容に表情を引き締めた。

こうして、セイバー陣営とアーチャー陣営の方針は、静かに定まっていった。

なお、アーチャーも同じく、今朝のニュースは聞いており、ルヴィアと恵茉の音声通話も聞いていたのだが、日課のロードバイクは譲れずにいた。

「──まったく、あんな事件が起こっちゃ、全力でかっ飛ばせねぇな。 ……まぁ、しばらくは様子見でいくか。」

彼もまた、風を切りながら、異変の余波に注意を向け、スピードを抑えていた──