セイバー陣営とアーチャー陣営が模擬戦を繰り広げていた、まさにその頃──

都内の高層マンションの一室で、轡水京介は今日も昼間からカーテンを閉めきった部屋にこもり、仏頂面のままディスプレイを睨んでいた。

淡いブルーの光に照らされたその顔には、デイトレードの波に疲弊する様子が色濃く滲んでいる。

傍らでは、ライダーが無言で槍の手入れをしていた。

刃の部分を布で拭うたびに、金属が擦れる音がかすかに部屋に響く。

二人の間には、どこか緊張感すら漂う静寂が続いていた。

やがてライダーが立ち上がり、静かに言葉を落とす。

「京介。 これより、少し散歩へ出る。」

それは今や日課であり、趣味でもある。

現代という時代を知り、学ぶための時間──

彼にとっては、束の間の癒しでもある。

「待て。 どうせなら、買い出しにも付き合え。」

唐突に告げられた轡水の一言に、ライダーは少し目を細めた。

「ふむ。 それは構わぬが……一体どういう風の吹き回しか?」

「荷物持ちが必要なだけだ。」

短いやり取りを終え、二人はそれぞれ最低限の支度を整えると、無言のまま部屋を後にした。

春の陽気が漂う午後の風は穏やかで、小鳥たちの囀りが歩道を包んでいた。

高身長のライダーと、目つきの悪い轡水が並んで歩く様子は、明らかにアンバランスである。

だが、そんな二人をすれ違う人々は、ごく自然に受け入れていた。

「日差し、苦手なのか?」

「放っとけ。 元々、夜型なんだ。」

目を細めながら答える轡水の顔は、ますます不機嫌に見えていた。

その時、公園の方から駆け寄ってくる声があった。

「おじさん、こんにちはー!」

以前、ライダーがボールを拾って渡した子供達である。

彼は柔らかく微笑み、手を軽く振って応じる。

轡水はその光景を、何も言わずただ見ていた。

さらに歩みを進め、和菓子屋の前を通ると──

「こんにちは、カイさん。 今日はお連れ様とご一緒なんですね!」

店先を掃いていた若い女性が、明るい声でライダーに話しかける。

「うむ。 彼も買い物に出ると言うのでな、丁度良いかと思ってな。」

続けて、今度は通りすがりの中年男性が手を振る。

「よう、カイさん! 今日も元気そうだな!」

「ふふ、お互いにな。」

親しげに返すライダーの姿を見て、轡水がぽつりと漏らす。

「……随分と馴染んでるじゃないか。」

「この街の人々が、私を受け入れてくれたのだ。感謝すべきことだな。」

本来ならば、異国の大男が街を歩けば距離を取られるのが常。

しかし、ライダーの穏やかな人柄と、王としての不思議なカリスマ性が、自然と人々の心を惹きつけていた。

やがて、二人は横断歩道の前に差しかかる。

歩行者信号が青に変わり、買い物袋を抱えた主婦や営業マン、年配者、子供達がゆっくりと渡っていく。

そこへ── 赤信号を無視して突っ込んでくる、自転車に乗った若者の姿があった。

「……邪魔だなぁ。」

まるで歩行者が悪いかの様に呟くその若者に、周囲の人々が眉をひそめていた。

轡水はその様子を無関心に見ていたが──

ライダーが、静かに歩き出した。

「……おい?」

轡水が思わず声をかけるも、ライダーは止まらない。

若者の肩に軽く手を置き、静かな声で語りかけた。

()し、そこの青年よ。」

「あぁ? ……っ!?」

面倒くさそうに振り返った若者が見たのは、身長2メートル超の巨体。

その迫力に、一瞬たじろぐのも無理はなかった。

「信号、まだ赤ではないか? 先を急ぐ気持ちは分かるが、歩む者達を慌てさせてしまうぞ?」

その声音には怒気も威圧もなく、ただ落ち着いた諭しの様な響きがあった。

若者はライダーから目を逸らし、気まずそうに歩行者達を見渡す。

自分に向けられる冷たい視線に気付き、舌打ちをしながらも彼は無言で自転車を後ろへ引き、停止線へと戻っていった。

「ありがとうございます。」

「助かりました。」

歩行者達の感謝に、ライダーは穏やかな笑みを浮かべ、小さく手を掲げて応えた。

「……くだらない。」

轡水はその様子を、興味なさげに眺めていた。

「京介、行こうか。」

声をかけたライダーに続き、二人は再び歩き出す。

少し歩いたところで、轡水がぼそりと呟いた。

「……お前も面倒なことをするもんだな。」

「確かに、余計な世話かもしれぬ。 だが、困っている者達がいたのも事実であろう?」

ライダーの返答はあくまで穏やかだった。

「偽善だな。 そんなことで、何かが変わるとでも思ってたのか?」

それでも、轡水の皮肉は止まらない。

「偽善でも構わぬ。 見過ごすより、行動することこそが大切だ。 私は、世界が変わらずとも、その場が落ち着けば良しと思っている。」

淡々と語るその言葉に、轡水は黙った。

それ以上何も言わず、二人はそのまま目的の店へと歩みを進めていくのだった。