同時刻──
ロード・エルメロイⅡ世は、宿泊先兼執務室で、机一面に散らばった資料や食事の食べ殻の山を前に、ビデオ通話に応じていた。
『ほら、ウェイバー。 見てくれたまえ、この画像を。 ここと、ここと……更にここもだ。 襲撃を受けたのは、すべて悪徳居酒屋チェーンの食料庫なんだそうだよ。』
画面越しには、増血剤を服用しながら愉快そうに語るメルヴィンが映っていた。
ここ数日、各地で相次いだ、半グレ集団が経営するぼったくり店の襲撃事件について報告していた。
「……随分とまた派手にやってくれたな。 それにしても、連日狙われているのは反社会的な組織ばかり、というわけか?」
ロード・エルメロイⅡ世は受け取った膨大な画像データを一瞥し、こめかみを押さえる。
その表情には疲労の色が隠し切れず、顔色が明らかに青みがかっていた。
『確証はないが、そういう連中ばかりが標的になっているのは事実さ。 皮肉にも、お陰で街の治安は少しずつ改善しているみたいだねぇ。』
「……それにしても、お前はどうやって、この一連の事件の首謀者がバーサーカー陣営だと突き止めた?」
『ふふん、偶然シリル・ファラムスの私物を見かけた時に、こっそり盗聴器を仕掛けておいたからさ。』
姑息ではあるが、情報を得るには有効な手である。
メルヴィンの悪知恵が、ロード・エルメロイⅡ世率いる新制度反対派の情報収集を支えていた。
「……サーヴァントの力を利用してそんなことをするとは、到底喜ばしい話ではない。 つまりバーサーカーのマスターは、完全にシリル・ファラムスの思惑に絡め取られた、ということか……。」
ロード・エルメロイⅡ世の眉間に、新たな皺が刻まれる。
それは、日々の情報戦と粗探しによる消耗の証でもあった。
『面白くはなってきたが、こうなると私達魔術師の立場も危うくなるかもしれないねぇ。 折角盗聴器も仕掛けたんだし、もう少し本腰を入れて探ってみるかな。』
得意げに笑うメルヴィンは、ここ一番の悪そうな顔になっていた。
対し、ロード・エルメロイⅡ世はまだ素直に喜べず、こう皮肉を投げかける。
「……まぁ、お前に過度な期待はしていないがな。」
『それはそうと、ウェイバー。 君は相当疲れているじゃないか。 倒れてしまっても知らないよぉ?』
「ふん、その気遣いだけは受け取ってやろう。 だが、もう少し作業をしてから少し休む。」
そうして、情報収集と僅かな雑談を交え、通話は終わった。
ロード・エルメロイⅡ世は疲れた表情で額を押さえ、散らかった机に肘を預ける。
「師匠、メルヴィンさんの仰る通り、お顔に疲れが出ています。 消化に良い物でも買ってきましょうか?」
俯くロード・エルメロイⅡ世を見るに見兼ねたグレイが毛布をかけると、彼はこう返す。
「あぁ、ありがとう……少し眠れば持ち直す。」
「師匠……。」
強がっているが、その声には力がない。
長きに渡って付き添ってきたグレイには、それが解っていた。
そのやり取りを横目に、ライネスが脚を組み、からかうような声を投げた。
「相変わらず愚かだねぇ、兄上は。 自分の体を削ってまで目的を果たそうなんて。」
「一般人が絡むと予測がつかない……これまでの聖杯戦争以上に厄介な状況になっている。」
溜息交じりに返すロード・エルメロイⅡ世は、ぎこちない動きで資料を整えていた。
「まぁ確かに、魔術師同士ならある程度動きは読めるけど、素性も知らない一般人は別物だ。 だからと言って、寝る間も惜しむのはやりすぎだよ。」
肩を竦めてそう語るライネスの声音には、微かな労りも滲んでいた。
「……まったく、電話でメルヴィン、目の前にはお前……また胃が壊れるな。」
ロード・エルメロイⅡ世の溜息が大きくなってきたその時──
♪♪♪〜 ♪♪♪〜
再びメルヴィンから、ビデオ通話の通知が入った。
ロード・エルメロイⅡ世は、そのまま渋々と通話に応じる。
「……今度は何だ? 戯言なら遠慮する。 今は少し睡眠を──」
明らかに苛立った声で、メルヴィンに忠告を入れるも──
『まぁ、そう冷たいこと言うなよぉ。 ついさっき入った情報だが……君が見ているキャスター陣営が、例のバーサーカー陣営と交戦に入ったらしいよ?』
「!?」
ロード・エルメロイⅡ世とグレイの目が大きく見開かれる。
疲弊しきった状態で、止めを刺す様なその情報は、非常に最悪な事態だった。
『さっきシリルが独り言を呟いたのを拾ったのさ。 場所は群馬県。 君が今すぐ向かっても間に合うかは微妙だねぇ。 さて、どうする?』
「くっ……ミスター・纐纈のことだ。 下手をすれば──」
只事ではない事態に、ロード・エルメロイⅡ世がいち早くと立ち上がったその瞬間──
──ガタッ!
「うおっ……あぁっ!」
蓄積した疲労で足元がもつれ、机に突っ伏すように倒れ込む。
叫び声の途中で、ウェイバー・ベルベット時代の面影を残しながら。
「師匠!?」
「おっ?」
グレイが驚いて彼を案じるのは当然として、いよいよライネスも皮肉を控える程には気にしていた。
『ほら、だから言ったじゃないかぁ。 今の君には“少し”どころじゃなく、充分な休養が必要なのさ。 心配なのは分かるが、今は信じるしかないよ。 じゃ、お大事に~。』
メルヴィンの声は、いつものノリのなか、少し柔らかかった。
通話が切れると、ロード・エルメロイⅡ世は額を押さえ、眼鏡を拾い上げる。
額には赤い痕、鼻からは薄く鼻血が滲んでいた。
「……くそっ、なんて間の悪い。」
「……師匠!」
「……ふぅ、まったく。」
グレイがしゃがんで彼を気遣うその姿に、ライネスもいよいよ心配の声が漏れてしまっていた。
一方その頃、別の宿でメルヴィンは、先程までの軽口とは違う声で呟いた。
「ウェイバー……君は何年経っても馬鹿だねぇ。 何故こうも、楽な生き方を選べないんだか……。」
ロード・エルメロイⅡ世の不器用な生き方を知る、自称ではあれど親友だからこそ、そこには思う気持ちがあった。
メルヴィンは盗聴器の受信機を手に取り、次の情報を待ち続けた。