「グオォォォォ!」

咆哮と共に、巨体のバーサーカーがキャスター陣営目掛けて突進する。

その声は戦場の空気を震わせ、地面にまで響き渡った。

その様子を見ながら、キャスター陣営は小声で作戦会議を始める。

「キャスター、真正面からじゃ絶対勝てないよ? どうする?」

「まずは全力で避けようか。 考える時間を稼ぐ為にね。」

「ははっ、やっぱそうなっちゃうのね。」

あの規格外の剛腕から振るわれる棍棒をまともに受ければ、一撃で肉片になる。

それは誰が見ても明らかだった。

纐纈(くくり)は苦笑しつつ、キャスターの方針に従う。

「バーサーカー、横に薙げ!」

「グオォォ!」

冨楽の指示で、棍棒が唸りを上げて横薙ぎに振るわれる。

武器の軌道を見切ったキャスターは、ひらりと軽やかに回避する。

一方の纐纈(くくり)は武器戦の経験こそないが、ギリギリのタイミングで飛び退き、どうにか避けた。

「やるじゃないか、(つかさ)。」

「これでも昔は空手とキックボクシング漬けだったんでね。 体が覚えててよかったよ。」

纐纈(くくり)は普段から鍛えているだけあり、動きに精彩があった。

「ちぃっ、そうだった! こいつ、そこそこ戦えるんだった!」

冨楽は長年の距離感ゆえ、彼の経歴を半ば忘れていたことに舌打ちをしていた。

「バーサーカー! 次は縦振りだ!」

苛立ちを押し殺しつつ放った命令に、バーサーカーは棍棒を頭上高く掲げた。

「キャスター、あの巨体で縦振りなんて……!」

「ああ、まともに受けたら終わりだね。 跳んで避けよう。」

冗談めかす余裕を見せるキャスターに、バーサーカーが全力で振り下ろす。

キャスターはバックステップで回避し、纐纈(くくり)は横っ飛びで回避した次の瞬間──

ドォンッ!

地面が陥没し、重機でも落ちたかの様な衝撃が響き渡った。

「ひぃっ! 見た目通りの威力!」

その衝撃で、着地した纐纈(くくり)の身体がトランポリンに乗ったかの様に僅かに浮き上がる。

「これは、跳ばないと脚が持っていかれそうだね。」

それでもキャスターはまだ冷静で、笑みを崩さない。

「諦めるな、バーサーカー! もっと行け!」

だがその連撃は、まるで素振りの様にことごとく空を切る。

単調で大振りな軌道は、既に二人の目に読まれていた。

「おいおい、逃げてばかりか! 面白くねぇぞ!」

彼らの度重なる回避に、冨楽が怒声を上げて煽った。

「それはどうかな?」

そう言い放ったキャスターが手を前に出すと──

その上に小さな魔法陣が宙に浮かび、パチンと指を鳴らすと、矢の様な魔力が生成され、バーサーカー目掛けて飛翔した。

──が、防具がそれを弾き返した。

「えぇ!? 効いてない!」

「この弾き方……金属じゃない。 ……植物か? ということは──」

キャスターは防具の正体を推測し始めるが、その一瞬の思考を突く様にバーサーカーの棍棒が迫って来た。

「キャスター! 来るよ!」

叫びと同時に、纐纈(くくり)が横っ飛びで彼女を抱え退避すると、ヘッドスライディングの様に地面を滑った。

「ふふ、助かったよ(つかさ)。 世話を掛けてしまったね。」

「──で、何か考えてたみたいだケド、手がかり掴めそう?」

二人はその場で立ち上がると、それぞれ土汚れを払い、表情に多少の焦りを見せながらも余裕は崩さないキャスターに、纐纈(くくり)が問いかけた。

「少しはね。 でも、まだ確信には至らないさ。」

ところが、彼女は苦笑いで肩を竦め、首を横に振りつつ返答する。

それでも、バーサーカーの嵐の様な猛攻が止まらない。

その度にキャスター陣営は回避を続け、着実にその軌道を読み切っていた。

「いい加減にしろ! 往生際が悪すぎるぞ! さっさとやられろよ!」

これには冨楽の苛立ちもさらに増し、最早焦りが顔に出ていた。

「そんなこと言ってもさぁ、悪いことをしたからってそんなこと言われてもムチャがあるってぇ!」

それでも纐纈(くくり)は避ける最中で軽口を挟みつつ、苦笑いを見せていた。

(つかさ)、よっちゃんはきっと何を言っても効かないよ。 まるで幻に取り憑かれているみたいにね。」

「そうだねぇ。 どんな幻と闘ってんだろう…?」

これには、キャスターも纐纈(くくり)も、呆れて笑うしかなかった。

「……幻?」

その言葉を思い返すと、纐纈(くくり)の脳裏で何かが繋がった。

「バーサーカー、闇雲に振るな! 相手をよく見ろ、間合いを測れ!」

「グオォォォ!」

冨楽は冷静かつ的確に指示を飛ばす。

普段から面倒見のいい先輩として後輩を導いてきた、その経験が自然と口をついて出ていた。

だが突然、纐纈(くくり)の動きがぴたりと止まる。

「ん?」

「……(つかさ)?」

冨楽もキャスターも一瞬、その不可解な行動に戸惑いを見せた。

「ちょっと……漏れちゃいそうっ! ちっちゃい方だから、すぐ終わるから待ってて!」

「え?」

纐纈(くくり)による突如の宣言に、キャスターも冨楽も固まり、言葉を失った。

場の空気が凍り付く中、バーサーカーまでもが低い声でおどけて言う。

「マスター……オレ(オデ)モ……シッコ……。」

「ああ、お前は後でしような!」

冨楽は、変に空気を乱さぬ様に慌てて彼を宥めた。

本来サーヴァントには不要な筈の排泄行為を、なぜバーサーカーは真似ようとたのか──

その答えを考える暇はないし、追及しないで欲しい。

「……って、舐めやがって! いいから出てこい!」

冨楽の怒りが、頭から湯気が出そうな程に臨界点に達しかけた、その時──

──ガサッ。

右手の茂みから、纐纈(くくり)がひょっこりと顔を出した。

「げっ……(つかさ)!?」

キャスターは珍しく半歩下がって驚いていた。

「素直に出りゃいいってもんじゃねえぞ! バーサーカー、仕留めろ!」

「グオォォォ!」

冨楽の怒声に応え、バーサーカーが渾身の横薙ぎを叩き込む──

はずだった。

「? ? ?」

バーサーカーは、手応えのなさに違和感を覚えていた。

「あれ? 消えた!? どうなってんだ!?」

冨楽も不可解な状況に驚くも、すぐに別方向に同じ纐纈(くくり)が姿を現し、またしても振るわれた棍棒は虚空を切る。

「ちぃっ! どうなってんだよぉ!?」

苛立つ冨楽をよそに、キャスターも状況を飲み込めず首を傾げる。

「あっちにも(つかさ)、こっちにも(つかさ)……どうなってんだろう?」

しかし、その背後──

嬉々とした笑みを浮かべ、両手を向ける纐纈(くくり)の姿があった。

「キャスター……なんだか俺、結構使える魔術を貰っちゃってたみたい!」

そう、これは簡易魔術だった。

かつてロード・エルメロイⅡ世が纐纈(くくり)に手渡していた魔導書には、幻影で相手を混乱させる、幻惑の魔術が記されていた。

「……(つかさ)……キミってヤツは!」

纐纈(くくり)の意外な活躍は、キャスターにとっても嬉しい誤算だった。

彼女はそのまま纐纈(くくり)に称賛の言葉を送ったと同時に、再び魔法陣を展開し、燃える矢を放つ。

炎はバーサーカーの防具に突き刺さり、瞬く間に燃え広がった。

「グギャアァァァ!」

「あぁ! バーサーカー、大丈夫か!?」

痛みよりも防具に燃え移る炎に慌てふためくバーサーカーに、冨楽が急いで水をかけ、消化に応じた。

だが、纐纈(くくり)の存在を見つけるや否や、怒声を浴びせた。

「……って、お前いつからそこにいやがった!?」

「へへへっ。」

茶目っ気たっぷりに頭をかく纐纈(くくり)に、冨楽の苛立ちは更に増していた。

「くそっ、アイツ! やっかいな魔術を貰いやがって… ん? 待てよ?」

しかし、突如冨楽にある閃きがよぎる。

「バーサーカー! あの方向に横振りだ!」

言われるまま、バーサーカーが大きく薙ぎ払う。

当然、その動きを見切っていたキャスター陣営は軽やかに回避する。

その間に、冨楽が紙コップに何かを注いでいた。

キャスター陣営がバーサーカーの猛攻を避け続け、纐纈(くくり)が不用意に近づいた瞬間。

「食らえッ!」

──バシャッ!

冨楽が、紙コップに注いだ何かを、纐纈(くくり)に投げ付けた。

「うわぁ!? ……これ、焼肉のタレ!? あーあ、匂いがついちゃった!」

お気に入りのジャケットを汚され、纐纈(くくり)は露骨に落ち込んでいた。

「……匂い? そうか!」

ところが、キャスターは冨楽の思惑にすぐに気付いた。

「そうだ、タレの匂いだよ! これでバーサーカーは幻惑に惑わされねぇだろう!」

冨楽はニヤニヤと笑いながら、キャスターと纐纈(くくり)にそう宣言した。

「えぇ!? えぇぇ!? 一気に不利になっちゃった!!」

「これで勝ちは決まった! 終わらせるぞ!!」

流石に大いに慌て始めた纐纈(くくり)に目をやると、冨楽が勝ちを確信したかの様に声を荒げた。

「これは、流石にマズいね……。」

キャスターの表情にも、僅かに焦燥が浮かび始めていた。

この戦いの行方は、もう誰にも読めなくなっていた──