熾烈を極めたキャスター陣営とバーサーカー陣営の戦いから一夜明けて──

世の中の空気は何事もなかったかの様に流れ、動画投稿サイトには一本の新作動画が上がっていた。

『やぁ、みんな。 PyroMindだよ。』

画面に現れたのは、巷で”PyroMind”として名を上げているトップランカーレベルのゲーム配信者、キャスター本人である。

彼女は軽快な声で、更に喋り続けた。

『先日、中古ゲームショップで、あの晴天堂の伝説的黒歴史“バーチャルガイ”を、運よく安く手に入れたのさ。 早速、開封していこう。』

その声音には抑えきれぬ高揚が滲み出ていて、彼女の肩や首が僅かに揺れているのも画面越しに伝わっていた。

外箱の開封、内容物の説明を経て──いよいよ本体が姿を現す。

『これが実物さ! 思ったより軽いね。』

取り出されたそれは、まるでスタンド付きの双眼鏡を巨大化させたかの様な赤黒い機体だった。

現代のゲームと一味違う、どこか異質な存在感を漂わせていた。

『コントローラーは左右どちらにも十字キーがある……ユニークな形だね。』

彼女は外装を一通り説明すると、目をスコープに近づけ実演へ移った。

なお、この機種はスコープを覗かなければ映像を確認出来ない為、動画ではイメージ映像をワイプで補い、画面には注釈が差し込まれている。

『……すごい! 1990年代でここまで立体感を出せるとは、流石晴天堂! “時代を先取りし過ぎた”と言われる理由がよく分かるね。』

イメージ映像上では、赤と黒のみで構成された不思議な画面が確かに奥行きを描き出していた。

左右のスコープに映る微妙に異なる映像が、その効果を生んでいるらしい。

『私は結構楽しめるけど──一人用しかなくて通信機能もないし、色彩が赤と黒だけなのは……目に来るね。 人によっては長時間は厳しいかな。』

一人専用であること、そして視覚に負担を強いる配色が、機体が歴史の中で敗北した大きな理由であることを、彼女は冷静に語る。

それでもレビューは終始、知的な解説と軽妙なユーモアに満ち、彼女自身もどこか楽しげにプレイを続けていた。

例の動画は当然、各陣営の目にも留まっていた。

まず、セイバー陣営はと言うと──

「おお……このゲーマー、ついにあんなレアものにまで手を出したのか!」

モニターを食い入る様に見つめる一竜は、名前だけは聞いたことのある“バーチャルガイ”に感嘆の声を漏らす。

世代的に本格的に触れることはなかったが、断片的な噂だけは耳にしていた。

隣で同じく視聴していたセイバーが、しみじみと呟いた。

「彼女は現代の新技術のみならず、過去の遺産にまで関心を寄せているのですね。 誠に興味深きです。」

「あぁ。 流石“軍師”と呼ばれるだけあるよ。 視野の広さは折り紙付きだな。」

有名配信者“PyroMind”の探求心の深さに、一竜もセイバーも只々感心するばかりで、飲み物に口をつける暇すら忘れていた。

そのまま二人が最後まで視聴を続けたのは言うまでもない。

そして、”PyroMind”ことキャスターを知るランサー陣営もまた、リビングのソファーで並んでラップトップを開き、その動画を観ていた。

「亜梨沙。 ゲームって、今の時代は綺麗で迫力のある映像ばかりだと思ってたけど……ああいう簡素なのもあるんだな!」

画面の向こうで余裕の笑みを浮かべ、レビューを続けるキャスターを眺めながら、ランサーは素直な感想を口にする。

「うん。 あれは昔の機種だから今より質は高くないけど、その中でも特に珍しいゲーム機だったらしいよ。」

ゲームに詳しくないランサーにとって、九十年代の粗削りな表現は逆に新鮮に映っていた。

「そういえば亜梨沙はゲームやらねぇのか? あれだってアニメみたいなもんだろ?」

(あたし)はストーリーとか映像は好きだけど、操作はあんまり上手くなくてね。 だからプレイより観る専門かな。 アニメとかライブ映像みたいに、ゆったり楽しめる方が性に合ってるし。」

彼女の部屋には、推しのアニメキャラや男装アイドルのグッズが祭壇の様に並べられている。

空間を埋め尽くす程の執着は、彼女のサブカルチャー愛そのものだった。

二人の時間は、静かで穏やかに過ぎていく。

そして、例の動画の波紋は、いよいよキャスターと未だ面識のない陣営へも届き始めていた。

アーチャーが恵茉の自宅で、お気に入りのブレンドコーヒーを片手にPC画面を眺めていた時のこと。

ロードバイク動画を流していた時に、画面横におすすめとして浮かび上がったのは例のレビュー動画だった。

「なぁ、恵茉。 この“PyroMind”って配信者、やたらおすすめに出てくるが……そんなに有名人なのか?」

「うん、有名だよ。 SNSでもよくトレンド入りしてるし、切り抜きのショート動画もバズってるくらいにね。 ゲームも上手いけど、それ以上に話し方に頭の回転の速さが見えるんだ。」

恵茉も“PyroMind”の存在は知っていた。

彼女は人並みにゲームに触れていたことがあり、調べものの延長で動画を見たこともあった。

「なるほどな。 遊びにここまで秀でてるとは、現代の楽しみ方を心底満喫してるって感じだな。 ……まぁ、俺はゲームより自転車派だがな。」

「ふふ、確かに。 アーチャーは召喚されてからずっと“アウトドア満喫ライフ”だもんね。」

日々の大半をロードバイクで過ごす彼にとって、家の中での楽しみは専らコーヒーくらいである。

今は恵茉の自宅でロードバイクの動画視聴をする彼も、その動画に刺激され、後々ロードバイクで風を切ることだろう。

一方その頃、都内のタワーマンションの一室。

昼下がりにも関わらず、相変わらずカーテンを閉ざした暗い部屋で、轡水(ひすい)は動画サイトで株と為替の値動きを追う動画に目を走らせていた。

その合間に、彼の元にも“PyroMind”のレビュー動画が、おすすめ動画に流れ込んでくる。

「……トレンドで名をよく聞く配信者か。」

「その者の噂、散歩の途中でも耳にした。 随分と名を上げている様だな。」

隣で控えるライダーもまた、耳にはしていた。

だが二人共ゲームの知識は皆無であり、彼女の活動の実態までは掴めていない。

「これ程有名な者が触れる玩具ならば、その制作会社の株を買ってみるのも妙手ではないか?」

「ふん、浅はかだな。 考えてもみろ。 晴天堂は今や最新機種で株価が右肩上がりだ。 インフルエンサーが中古のゲーム機を弄ったところで、市場が揺ると思うか?」

「ふむ……。 やはり“デイトレード”とは奥深きものよ。」

二人は“PyroMind”について語り合うと言うより、株式の駆け引きについて言葉を交わすばかりだった。

彼らがその正体がキャスター本人であると気づく日は、まだ遠い。

そして、その“PyroMind”ことキャスター本人はと言えば──

昨日のバーサーカー陣営との激戦などどこ吹く風とばかりに、一人楽しげに“バーチャルガイ”を遊び尽くしていた。

「キャスター、まだぁ?」

隣で、纐纈(くくり)が嬉々として遊ぶ彼女を眺めながらも、じれったそうに声をかけていた。

「うん、まだ。」

だがキャスターは笑みを浮かべたまま、視線を外さない。

「俺にもやらせてよぉ……。」

「もう少し待ってくれるかい?」

「もう五時間もやってるよぉ?」

「まだ五時間さ。」

命懸けの戦いから一夜明けたとは思えぬ程の、穏やかで滑稽なその空気は、確かに戦場のそれではなかった。

寧ろ、戦争の只中にあっても見失わぬ、この二人らしい”日常”そのものだった。