鳳仙区、大型公園──そのグラウンド。
夏の夜風が吹き抜けるその場所は、静寂とは裏腹に、異様な熱気に包まれていた。
対峙するアーチャーとランサー、二騎が互いに微かに足を擦り、重心を探り合う。
その口元には、緊張とは不釣り合いな笑みが浮かんでいた。
「(……奴さん、間違いなく先に来る。 なら、俺の早撃ちがどこまで通じるか──試させて貰う。)」
「(この距離、この間合い……先手は俺だ。 問題は弾道をどう見切るか、だな。)」
思考は交錯し、結論は一致する。
先に動いた方が、主導権を握る。
だがその均衡は僅か数秒で、地を蹴る音によって破られた。
「よし、来たな!」
アーチャーの声と同時、右手に収まったS&W M3が閃光を吐き、轟音と共に放出される。
──パァンッ
──パァンッ
──パァンッ
「甘いっ!」
しかし、ランサーは左へ跳躍し、弾丸が空を裂くだけに終わる。
「……やっぱり、そう来なくちゃな。」
「へへっ! 銃口と音がありゃ、避けられるぜ!」
最良の状態や万全の集中が伴っている以上、初撃が当たるとは互いに思っていない。
この段階で決まるほど、両者は甘くない様である。
「アーチャー! 弾の無駄遣いは避けて!」
「分かってるさ。……だが、こいつは早めに見せときたくてな。」
恵茉の声に応じながら、アーチャーは銃口を──逸らす。
ランサーではない、まったく別の方向へ。
「……おいおい。 いくら先読みでも、そりゃズレすぎだろ?」
「誰が、“狙う”って言った?」
互いが口角を上げながら語り合った、次の瞬間。
──パァンッ
──パァンッ
──パァンッ
乾いた三連の銃声と共に放たれた弾丸は、地面を滑る様に走り──
花壇の縁石に叩きつけられた。
火花と同時に、跳弾によって角度を変えた鉛が別軌道からランサーへと牙を剥く。
「──ッ、そいつは!」
「ランサー!」
想定外の隠し芸に、亜梨沙も悲鳴を上げるしかなかった。
「っと、危ねぇっ……!」
ランサーは紙一重で回避するも、装飾の一部が弾丸に掠め取られていた。
「今のも避けたか。 だが──」
アーチャーは既に次の動作へと移っている。
無駄のない手つきでトップブレイクを解放し、六発分の空薬莢が一斉に夜へ弾ける。
響く金属音の中、続けざまにムーンクリップ装填するという、流れる様な一連の動作が手練の貫禄を見せた。
「……まだ余裕があるって顔だが、こっから先はどうかな?」
次の瞬間、彼の両手には二丁のS&W M3が構えられていた。
この一連の所要時間──わずか〇・四七秒。
「はっ、こりゃ厄介だな!」
ランサーの眉根は下がっているが、まだその口角は上がっていた。
「ちょっくら本気で踊って貰うぞ?」
「上等だ! インドの舞を舐めるなよ!」
言葉と同時に十二発もの音が爆ぜ、鉛の嵐が空気を引き裂く。
「よっ……! はっ……! っと……!」
一歩、半身、そして回転、ランサーはまるで舞う様に躱していく。
その動きは戦闘というより、陽気な映画のワンシーンの様な軽やかな舞踏である。
だがその実、全てが致死の回避に終わった。
「ひいぃっ……!」
ベンチの陰で、亜梨沙が流れ弾に当たらぬ様に身を縮める。
しかし、そもそも弾丸は一切彼女に向かわない。
ランサーの足元や左右と、逃げ道を限定するように配置された射線。
戦場の只中にありながら、アーチャーはまだ「人間」でいる。
その技術すら、この戦いの一部なのである。
「……よし! いい準備運動にはなったな!」
軽く肩を回しながら、ランサーが笑う。
その声音には、疲労どころか昂揚が混じっていた。
「そいつは何よりだ。 ……だが、そろそろこいつを使わねぇと、近隣住民を夢の中から引き出しちまいそうだな。」
アーチャーは応じながら、手にしていた二挺の内の片方を静かにホルスターへと戻す。
「アーチャー、それで押し切れるといいけど。」
「心配すんな。 ……寧ろ、ここからが本番だ。」
恵茉に軽く返しつつ、彼は弾帯から一つの装置を取り出した。
細長い筒状の何かが、銃口へと詰められる。
「おいおい、余所見してていいのかよ!」
その隙を逃さず、ランサーが地を蹴る。
一直線の迷いのない突進だが──
「同じ土俵で戦うと思ったか?」
アーチャーは構え、銃口はランサーへ向けられる。
その先端には、先程の筒状の装置、そして──
──ポシュッ
──ポシュッ
──ポシュッ
先程まで響いていた乾いた破裂音は、どこにもない。
ただ、空気を裂く微かな風の音だけが、夜に溶けた。
「──ッ!?」
ランサーの表情が、僅かながらも初めて歪む。
視覚は捉えたが──聴覚が追いつかない。
音速すら置き去りにする早撃ちの三発のうち、一発が左肩を掠める。
「ランサー!!」
亜梨沙が悲痛に叫ぶが、当の本人は痛みに顔をしかめるどころか、まだ笑っていた。
「へへっ! まだまだ平気だぜ、亜梨沙!」
サムズアップすら見せる余裕から、すぐ様視線をアーチャーへ戻す。
「……なるほど、音を殺してやがる。 その銃の先っちょの長ぇのが原因か?」
「ご名答。 ま、仕組みは単純だ。」
アーチャーは軽く肩を竦め、誇らしそうに語り始める。
「S&W M3をガスシール機構に改造してな。 サプレッサーを付けても、音と閃光を徹底的に殺せる様にしてある。」
その言葉は軽いが、その裏にある工程は決して軽くない。
本来、ガスシール機構は特定の機構を持つ銃にのみ許されたもの。
それを自らの手で再現し、改造し、実戦投入していた。
「へぇ……よく分かんねぇけど、すげぇなそれ!」
ランサーは新しいおもちゃに興味が湧いたかの様に、素直に感心する。
だが、次の瞬間にはその笑みが、更に獰猛さを増して、静かに地面を踏み込んでいた。
「でもよぉ……それくらいじゃなきゃ、面白くねぇよなぁ!!」
言葉より速く身体が動き、再びの突進するが──
「隙だらけに見えるか?」
アーチャーは退き、残弾三発を正確に撃ち込みながら、距離を維持する。
牽制、誘導、速度の殺し合い──
同時に、排莢、装填。
もう一挺の銃にもサプレッサーを装着し、一切の淀みなく動作は流れ、戦術は途切れない。
そして再び二挺拳銃の姿ができた。
「今度は、“走りながら”踊って貰うぞ。」
「はっ……! 望むところだ!」
互いが笑い合いながら、言葉を放つ。
再度の銃声──否、無音の発射、視えない弾道、消された気配。
それでも、ランサーは全て躱し逸そうとした。
「よっ……! はっ……! ……うっ!」
だが、それは完全ではない。
左脇腹に浅い被弾、更に右肩を掠めた。
「……へへっ、今のは貰ったか。」
音という指標を奪われた世界では、“直感”だけでは足りない。
それでも尚、致命傷には至らない。
それが、ランサーという存在の異常性だった。
「ランサーっ!!」
張り裂ける様な声が、夜の空気を震わせる。
亜梨沙の視界に映るのは、確実に削られていく自身のサーヴァントの姿。
その現実に、心が耐えきれなくなりかけていた。
「ははっ! 心配すんなって、亜梨沙!」
だが、当の本人は、笑っていた。
傷を負いながら、追い詰められながら、それでも尚のことだった。
「それよりよ、簡易魔術でぼちぼち援護を頼む!」
「……っ!」
ランサーの言葉に、亜梨沙が一瞬言葉を失う。
だがその声は当然命令ではなく、ある種の信頼だった。
「ほぉ……いいじゃねぇか。」
アーチャーが口元を歪める。
「その方が、よっぽど面白ぇ。 なぁ亜梨沙──お前さん、守りてぇんだろ?」
「え……! ……うん。」
視界が滲む中、小さく、だが確かに頷いた。
本来、聖杯戦争は魔術師の戦い。
たとえ未熟な一般人でも、魔術師から継承された技があるなら──戦う理由は、そこにある。
「(……私に、できるかな……?でも……何もしなかったら……!)」
迷いや恐怖に駆られながらも、亜梨沙は手を伸ばす。
狙いは──アーチャーの足元。
──ボンッ!!
乾いた爆ぜる音により、地面が弾け土煙が舞い上がる。
「おっと……!」
アーチャーの足場が崩れる。
「えっ!? 亜梨沙さん……!?」
恵茉の目が見開かれる。
内気で控えめな彼女の印象を裏切る、攻撃的な術式。
この魔術を知っているのは、一度模擬戦をしたセイバー陣営のみなこともあり、初見が驚くのも当然である。
「悪くねぇな。」
しかし、アーチャーは体勢を崩さない。
瞬時に重心を落とし踏みとどまり、崩れた地面すら足場として利用する。
「亜梨沙、ナイスだ!」
ランサーが片目を瞑りながら、笑って彼女を鼓舞した。
「だが、前みたく無駄撃ちはすんなよな! 魔力も体力も温存だ!」
セイバー陣営との模擬戦から学んだ判断、それを即座に活かす。
物陰から、亜梨沙が小さく頷いた。
「よし……! このまま押し切るぜ!!」
ランサーの脚が再び地を蹴り、一気に距離を潰す。
「アーチャー! こっちも魔術、使うよ!」
「いいねぇ。 両脚で頼むわ。」
呼応する様に、恵茉が両手を掲げる。
その掌に宿るのは光、そして微細な雷の様な魔力。
次の瞬間──それが、アーチャーの脚へと流れ込んだ。
「──ッ、来るぞ!」
赤く発光する脚部で踏み込み、地面が爆ぜる。
「──おぉっ!?」
ランサーの視界から、アーチャーが“跳ねた”。
それは最早加速ではなく、爆発的瞬発。
距離を取る動きすら、攻撃に等しい速度である。
「恵茉の魔力はな……強化寄りだ。」
その間にも、銃口は既に向けられている。
「お前さん程じゃねぇが──足を速くするくらいなら、充分だ。」
次の瞬間、無音の連射と不可視の弾道が、戦場を支配する。
「くっ……!」
ランサーもすかさず躱すが、それは完全ではない。
左肩を、今度は浅くなく、確実に“喰らった”。
「ランサー!!」
恵茉の声が、思わず漏れた。
反射的に術式を展開し、アーチャーの足元を狙う。
──ヒュッ
だが。
──ボンッ!!
爆ぜた瞬間には、既にいない。
強化された脚が、地を離れていた。
「悪ぃな。 今の俺には、当たんねぇ。」
空中で軽く体勢を整えながら、アーチャーが笑う。
「……っ。」
亜梨沙の喉が詰まる。
三度目を試みるも、同じ手は通じない。
積み重ねてきたはずの“自分の力”が、通用しない現実に心が軋む。
「亜梨沙! 大丈夫、諦めんな!」
それでも、ランサーの笑みを込めた声は変わらない。
「突破口は絶対ある!」
「……でも……どうやって……」
思考が追いつかず、寒さに震えるかの様な声も止まらない。
だが、時計の針は待たない。
「さて、と。」
アーチャーは、既にリロードを完了していた。
当然、呼吸も乱れていない。
「そろそろ、跳弾も混ぜてくか。」
「……っ、来るか!」
──ポシュッ
──ポシュッ
──パシュッ
無音、そして不規則。
読めない軌道の嵐が吹き荒れる。
「ぐっ……! ちっ……! ……っ!」
脇腹や太腿を掠める度に、確実に力も削られる。
避けているが、避けきれない。
戦況は大いに傾いていた。
「ランサー…… ランサー!!」
亜梨沙の視界が、水彩画の様に滲む。
ランサーの姿が、遠ざかる様に見える。
「ははっ……!」
しかし、彼はまだ笑っていた。
「だから言ってんだろ! 心配すんなって!」
傷だらけで、それでも尚も前を向く。
「今は落ち着いて考えろ! お前なら、できる!」
「……っ!」
その言葉が、亜梨沙の心に突き刺さる。
「──その通りだな。」
アーチャーまでもが口を開く。
「勝たせてやりてぇならよ……鍵は、お前さんだ。 亜梨沙。」
敵でありながら、戦場に立つ者として彼女に視線を向ける。
「亜梨沙さん……。」
恵茉もまた、亜梨沙の名を呟きながらも言葉を失っていた。
優勢である筈なのに──胸に広がるのは、ある種の緊張。
この戦いの行方を決めるのは──刃ではなければ弾丸でもない。
夜は更けて、戦いは続いていく。
だがその均衡は、すでに崩れ始めていた。
静かに、しかし確実に、終局へと向かいながら──